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プロローグ 津山市高尾北ヤシキ古墳の筒形土製品と皮袋形瓶の出土時こぼれ話
文/岡山県古代吉備文化財センター 藤井雅大
令和6年、岡山県古代吉備文化財センターは開所40周年を迎えました。この間、岡山県古代吉備文化財センターでは、発掘調査やその成果や出土品の公開活用などさまざまな業務を行ってきました。これらセンターが行ってきた業務について、当時に携わった職員が報告書などでは公表していない当時の裏話や思い出話を交えて語るコラムを連載します。
第1回目はプロローグとして、昨年文化庁他主催『発掘された日本列島2023』展へ出品した津山市高尾北(たかおきた)ヤシキ古墳(写真1)から出土した筒形土製品(つつがたどせいひん)(写真2)と皮袋形瓶(かわぶくろがたへい)(写真3)の発見エピソードをご紹介します。
(写真1)高尾北ヤシキ全景(東から)
(写真2) 筒形土製品(つつがたどせいひん)(器高 104.2cm)
(写真3)皮袋形瓶(かわぶくろがたへい)(器高 17.8cm)
令和2年10月7日に発掘調査が始まった高尾北ヤシキ古墳の埋葬施設は横穴式石室です。横穴式石室の中は総社市こうもり塚古墳などのように空洞のまま現在に残る例も多いのですが、この古墳の石室は調査前までほぼ埋まった状態でした。そのため、石室内にどのように土が埋まっていったのかを把握しながら、石室主軸の北半分から掘削を始めました。11月26日、石室半分を床面近くまで掘り下げたところ、蓋が外され遺体を納める身の上部も破壊された陶棺(とうかん)が姿を現しました(写真4)。
(写真4)横穴式石室内の堆積状況(南東から)
土層の記録をとり、次に石室南半分の埋土を取り除いていた12月2日、陶棺の隣に筒形土製品の一部が姿を現しました(写真5)。当初は陶棺の隣に置かれていたことと、半円形に見えたことから、陶棺の蓋だと判断し、「盗掘時に開けられた陶棺の蓋が隣に置かれているのだろう」と思っていました。
(写真5)発見当初の筒形土製品(南東から)
12月7日、半円形の陶棺の蓋の周りの土を取り除いていきました。その結果、陶棺の蓋だと思い込んでいたその遺物は奥壁に向かって細く窄まる円錐形の中空の土製品であることがわかったのです(写真6)。横倒しにされていた状況から土器棺である可能性を考え、内部を慎重に調査しましたが、副葬品のようなものは出土せず、土器棺として使用されたのか副葬品として供えられたものかを判別することができませんでした。また、その形状から煙突としての用途が考えられましたが、内面にススなどの痕跡は確認できません。なぞ多き出土品といえます。
(写真6)全貌が明らかとなった筒形土製品(上が南西)
筒形土製品の周りを掘り下げた際に、奥壁側で須恵器(すえき)が集中して出土しました。須恵器の全容を知るために掘削を続けていた12月9日、作業員さんから「変な形の須恵器が出てきました」と声をかけられました。陶棺ごしにのぞき込んでみると、つるっとした楕円形の平たいものが須恵器の下から顔を覗かせていました(写真7)。
(写真7)底部の一部が現れた皮袋形瓶(上が南西)
※写真中央の提瓶の左側、平瓶の右下
石室内からは川原石なども出土しており、そんな変わった須恵器があるとは思っていなかった私は「ああ。それは須恵器でなくて川原石ですね。形がわかるように周りを掘ってください。」と答えました。作業員さんは首をかしげながらその周りを掘り進めていましたが、しばらくすると、「取っ手があるのですが…」と声をかけられました。見ると、先ほどの楕円形の平たいものの両側に小さな取っ手が付いており、それは石ではなく、紛れもなく須恵器でした(写真8)。
(写真8)皮袋形瓶の出土状況(上が南西)
※写真中央の提瓶の左側、平瓶の右下
「これはいったい何だろう…」そう考えていると、作業員さんが「これ、茄子みたいな形をしていますね」とつぶやきました。言われて見てみると、つるっとした楕円形の幅広の下端部、幅が徐々に狭くなる上端部という外見は茄子にしか見えなくなり、その後発掘調査現場ではこの変わった須恵器は愛称で「ナス」と呼ばれることになりました。
この「ナス」の正体を調べるものの、同様な形の須恵器の類例を見つけ出すことはできませんでした。しかし形の特徴から、動物の胃袋や膀胱、革を利用した水筒を模して作られた皮袋形瓶と考えました。皮袋形瓶は他に出土例がありますが、壺などと同じように頸部を取り付け、液体を入れる体部の縦幅よりも横幅が広く、底部の両端には丸くならずに角があるという特徴があります。しかし、高尾北ヤシキ古墳出土の「ナス」は、そのような外見的特徴を持っていません。また「ナス」の上部の口縁を見てみると小さな孔が開けられており、別作りの飲み口が取り付けられていた可能性が考えられます。そのため、おそらく、この「ナス」こと皮袋形瓶は、他の皮袋形瓶をまねて製作されたものではなく、革の水筒の実物をモチーフにして作られたものだと考えています。
今回ご紹介した皮袋形瓶と筒形土製品と文化庁他主催『発掘された日本列島2023』展に出品した遺物の一部は、現在、岡山県古代吉備文化財センター開催している企画展1「おかえりなさい!『発掘された日本列島2023』展出品遺物」で展示しています。令和6年10月14日(月・祝)まで開催しておりますので、この機会にぜひご覧いただけたらと思います。また高尾北ヤシキ古墳の報告書はセンターホームページ(高尾北ヤシキの報告書にリンクします)でご覧いただけます。
今回は高尾北ヤシキ古墳出土の筒形土製品と皮袋形瓶の出土エピソードをご紹介しました。これから来年度まで、このようなセンター事業の裏話・思い出話のコラムを不定期に更新していますので、ご期待ください。