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空から「灰」が降ってくる

更新日:2019年10月15日更新

文/岡山県古代吉備文化財センター 小嶋 善邦

 

 群馬県黒井峯遺跡〈くろいみねいせき〉、群馬県鎌原観音堂遺跡〈かんばらかんのんどういせき〉、鹿児島県橋牟礼川遺跡〈はしむれがわいせき〉、イタリアのポンペイ遺跡・・・。これらに共通する事柄は何だと思いますか?

 その答えは、いずれも火山噴火による火砕流〈かさいりゅう〉や火山灰などで埋もれたムラや街であるということです。黒井峯遺跡では榛名山〈はるなさん〉の噴火によって降り積もった2mもの厚さの軽石を取り除くと、約1,500年前の古墳時代のムラの姿が、ポンペイ遺跡ではヴェスヴィオ火山噴火による厚さ5mもの火砕流堆積物の下に約1,900年前の古代ローマの街がそのまま残されていました。

 今も昔も、火山噴火による火砕流や火山灰などは、植生をはじめとして自然環境を大規模に破壊します。そのため生態系の回復には長期間が必要であり、直接的にも間接的にも人々の生死を左右したことでしょう。また、最近では2010年にアイスランドの火山が噴火した際に噴出した火山灰で多くの航空便が欠航になり、社会活動に重大な影響を及ぼしました。

 このように火山噴火は非常に恐ろしいものですが、考古学において道具の移り変わりなどを研究するときには、火山噴出物である火山灰が非常に重要な役割を果たしてくれます。それは、火山灰が比較的短い期間で広い範囲に降り積もり、さらに一つひとつ固有の特徴をもっていることから、同じ火山灰が確認された場合には、どんなに遠く離れた遺跡同士でも特定の時間軸を与えることができるからなのです。このことから、ある考古遺物が特定の火山灰層の上から見つかったのか、または下から見つかったのかでその新旧関係を明らかにできるのです。

 では、県内の遺跡で火山灰の様子を見てみましょう。県内では中国山地帯に火山灰の堆積層が良好に残っています。発掘調査が行われた鏡野町恩原遺跡群〈おんばらいせきぐん〉や真庭市蒜山地域に所在する遺跡などでは、鳥取県大山の噴出物である弥山〈みせん〉軽石・上ホーキ火山砂・オドリ火山砂・下ホーキ火山砂などや鹿児島県姶良〈あいら〉カルデラの噴出物である姶良Tn火山灰などいくつもの火山灰が確認されています。

恩原遺跡群の土層断面写真 約40km離れた大山から噴出された上のホーキ層や約500km離れている姶良カルデラから噴出した姶良Tn火山灰が確認されている。(岡山大学文学部考古学研究室提供)
恩原遺跡群の土層断面写真 約40km離れた大山から噴出された上のホーキ層や約500km離れている姶良カルデラから噴出した姶良Tn火山灰が確認されている。(岡山大学文学部考古学研究室提供)

 これらの遺跡は最大で30km離れていますが、土層の対比が可能であり、考古遺物の新旧関係を明らかにすることができました。また、今から約29,000年前に噴出した姶良Tn火山灰は、中国山地帯のみならず下右図のように日本列島全域に降り積もったため、道具の移り変わりに基準となる全国的な時間軸を与え、当時の人々の行為・行動や自然現象を復元する一助となりました。

蒜山地域と恩原遺跡群の土層対比 場所によって姶良Tn火山灰が確認される深さが違うが、降下した時期は一緒であるため、時間軸を与えることが可能である。
蒜山地域と恩原遺跡群の土層対比 場所によって姶良Tn火山灰が確認される深さが違うが、降下した時期は一緒であるため、時間軸を与えることが可能である。

姶良Tn火山灰の降灰範囲とその厚さ かつて鹿児島湾にあった姶良Tnカルデラから噴出した火山灰は、ほぼ日本列島全域に降下した。中国地方から近畿地方までは約20cmの厚さで確認されている。 *噴出した火山灰の総量は150キロ平方メートル(東京ドーム12万個以上)と想定。町田洋・新井房夫『新編火山灰アトラス-日本列島とその周辺-』東京大学出版 2003年より引用・トレース
姶良Tn火山灰の降灰範囲とその厚さ かつて鹿児島湾にあった姶良Tnカルデラから噴出した火山灰は、ほぼ日本列島全域に降下した。中国地方から近畿地方までは約20cmの厚さで確認されている。*噴出した火山灰の総量は150キロ平方メートル(東京ドーム12万個以上)と想定。
町田洋・新井房夫『新編火山灰アトラス-日本列島とその周辺-』東京大学出版 2003年より引用・トレース

 火山活動は災害をもたらす一方で、新たな歴史叙述のための情報を手がかりとなるものであります。さらに、富士山や屈斜路湖などの日本の美しい風景を作りだし、人々の生活を豊かにする温泉や地熱発電なども与えてくれるのです。

 

※2012年12月掲載