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未来に伝える保存処理

更新日:2019年10月15日更新

文/岡山県古代吉備文化財センター 柴田 明美

 

 遺跡からは、さまざまな材質の遺物が出土します。多くは、土や石でできたものですが、木や金属でできたものも少なからず出土します。
 木や金属でできた遺物は、出土したままでは展示できないばかりか、そのままの状態で置いておくと急激に劣化が進み、元の形も分からなくなるほどに崩壊してしまいます。

 そのような悲劇を未然に防ぎ、一人でも多くの人に遺物を見ていただくようにするために保存処理という作業を行っています。
 博物館などに展示してある出土木製品や金属製品は、そのほとんどが保存処理を施されたものなので、この言葉を耳にしたことのある方も多いかもしれません。
 当センターでも、日常的に遺物の保存処理を行っています。最近では、岡山市百間川米田遺跡・倉敷市上東遺跡の木製品や鏡野町夏栗遺跡・美作市穴が逧古墳の金属製品の保存処理に取り組んでいます。

 では、実際にどのような作業を行っているのか。今回は、金属製品について紹介します。当センターにおける金属製品の保存処理は、だいたい次のような流れに沿って行っています。

保存処理の工程
保存処理の工程

 
 事前調査

 さび落としを行う前に、まず丹念に遺物を調べます。遺物の状態はどうか、有機質(木・繊維など)が残っていないか、鍍金<メッキ>が施されていないか、などといったことを観察し、どのような処理を行うかを決めていきます。
 また、肉眼では見られない内部の構造やさびの状態を知るためにX線写真を撮ります。

外面写真(「洲浜菊花双雀鏡」鏡野町夏栗遺跡出土:室町時代)
X線写真(「洲浜菊花双雀鏡」鏡野町夏栗遺跡出土:室町時代)
外面写真(上)とX線写真(下)(「洲浜菊花双雀鏡」鏡野町夏栗遺跡出土:室町時代)

 
 さび落とし

 続いて、手作業によるさび落としを行います。
 出土した金属製品は、たいていの場合、厚い土とさびにおおわれています。長い年月をかけて生成されたさびは、遺物本体を腐食させると同時に、外部との緩衝材となって本体を安定した状態に保つ役目も果たしていますが、このままでは元の形が分かりません。
 さびを落とすことが、新たなさびを生じさせる原因になる場合もあるのですが、遺物を本来の姿に近づけることも保存処理の重要な目的の一つです。
 「見た目」を考慮しつつ、どの程度までさびを落としておくか、このあたりの判断がなかなか難しいところです。

 通常では、このまま脱塩処理に入るのですが、当センターでは報告書整理のため、ここでいったん処理を中断し、バラバラになった遺物の接合を行っています。

さび落としの機械
さび落としの機械

さび落としの様子(メスとニッパーも大活躍!)
さび落としの様子(メスとニッパーも大活躍!)

 
 脱塩処理

 さびの原因となるのは、主に酸素・水分・塩分です。長い間、土に埋まっていた金属製品には、雨水などに溶け込んだ塩分がしみ込んでいて、手作業のさび落としでは取り除くことができません。
 この目に見えないさびの原因を退治するために、脱塩処理を行います。
 いろいろな方法がありますが、当センターでは、アルカリ水溶液に遺物をつけ込み、遺物に含まれる塩分を取り除く方法で、約3ヶ月から半年かけて処理を行っています。
 脱塩処理終了後は、エチルアルコールにつけて遺物中の水分を抜きます。

脱塩処理中
脱塩処理中 脱塩中に破片が混ざることを防ぐため、1点ずつネットに入れて処理液に漬けます。

 
 さび落とし・接合

 脱塩中に遺物の表面に浮き上がってきたさびや、はがれた接着剤を落とします。脱塩前にきれいに接合しておいた遺物も脱塩後には見事にバラバラになってしまいます。いつもここでため息が出るのですが、気を取り直して再びジグソーパズル(接合)に挑戦です。

脱塩処理後の遺物の状況
脱塩処理後の遺物の状況 遺物は、鏡野町久田原古墳群出土の鉄刀です。ばらばらになってしまいました。

 
 樹脂含浸

 ようやく保存処理もゴール目前。ここまでの作業で、塩分と水分を取り除くことができました。
 残るは酸素。最後にアクリル樹脂を含浸して、遺物を酸素から遮断する膜を作ります。
 樹脂含浸には、さびによってもろくなった遺物自体を強化する目的もあり、より内部までアクリル樹脂を浸透させるために減圧して処理を行います。

樹脂含浸作業の様子
樹脂含浸作業の様子 有機溶剤をしようするので、防毒マスクは必需品です。

 
 仕上げ

 最後に仕上げの接合をします。必要に応じて欠損部をエポキシ樹脂で埋め、形を整えてでき上がりです。
完成!
完成!

 金属製品は、こうした一連の作業を経てはじめて展示できる状態になります。
 ここまでに要する期間は、ものにもよりますが、およそ6ヶ月から1年。長いですね。

 しかし、これだけ手間暇かけて保存処理をしても、この状態が永久に保たれるわけではありません。
 さびが出てくれば、また一からやり直しです。保存処理によってさびの進行を完全に止めることは、まだ難しく、現在は、その進行のスピードを遅らせるための処理をしているに過ぎません。

 それでもいつか、より良い技術が開発される時まで、遺物を今ある姿で伝えることができれば…という思いで日々、保存処理に取り組んでいるのです。


<参考文献>
 ・沢田正昭 「文化財保存科学ノート」 近未来社(1997)
 ・奈良文化財研究所 埋蔵文化財センター「出土金属製遺物の保存処理」 『埋蔵文化財ニュース』105(2001)

 

※2005年1月掲載