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教育時報 標点

印刷ページ表示 ページ番号:0404465 2014年11月4日更新教育政策課
 「標点」は、県教育委員や教育庁職員等が、折々のトピックを交えながら、教育に対する思いを語るコーナーです。

平成26年11月号(通巻782号)

久山次長

 先生、わかったんよ

  県教育庁教育次長   久 山  延 司

 「先生、私なあ、この前初めて2分の1と0.5が同じじゃいうことがわかったんよ。」
 もう20年以上も前のことだが、中学2年生の女子生徒が学年の担当であった私に保健室でそう話した。自分が他の中2の生徒と比べずいぶん勉強が遅れていて、授業を受けてもほとんどわからないということを言いたかったようだが、その表情はいつもより明るかった。授業の中で分かるということを諦めかけていたその生徒にとって、みんなから遅れていても分かることが見つかったことは大きな発見であり、喜びでもあったのだろう。
  その生徒は、真夏でも長袖のブラウスを着ていた。両腕に残った自らつけた火傷の痕を隠すためだ。小学校低学年から転校を繰り返したが、ほとんど学校へ行かなかったこと、深夜徘徊で警察官に何度も補導されたこと、家族との関わり等自分のことを屈託のない表情で話したが、話している間に何度か声を詰まらせた。話すことで何かを乗り越えようとしているようにも思えた。
  ひとしきり自分の話をしたあと、「先生、やっぱり私、授業へ行くわ。ありがとう。」と言って、その生徒は保健室を出て行った。私は、何か力になることを言ってやらなければと心では思ったが、適当な言葉が見つからず、「がんばれよ。」としか言えなかった。教師として情けなさを感じたが、「ありがとう。」の言葉に救われた気がした。その生徒の後ろ姿は、それまでの自分を自分の力で変えて、しっかりと生きていこうとしているように感じられ、ずいぶん大人に見えた。
  何日か経って、その生徒は、「最近、学活や道徳の時間に先生がよく私を当てるんよ。じゃから一生懸命考えんといけんのんよ。」と嬉しそうに、少し誇らしげに私に話した。
 子どもは、それぞれ生きる力の基礎となるものを持っている。それを引き出し伸ばすために、教師は、どの子も分かる喜びを味わうことができる授業の工夫をすること、また、あらゆる教育活動を通じて、一人一人が自己表現をすることができる場を設定し、自己肯定感や自己有用感を持たせる努力をすることが大切である。その生徒と接して、そのことを改めて強く感じたことを今も鮮明に記憶している。
  3年生になって、進路決定を間近に控えた頃、その生徒は、「私、頑張っても高校へ行けんかもしれんけど、行けても行けんでも将来は誰かの役に立つ仕事がしたいんよ。」と笑顔で話した。 

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