Visual Thinking


ビジュアル・シンキングとは?

 このサイトで紹介している美術鑑賞の授業指導案には、ビジュアル・シンキングと呼ばれる方法を取り入れています。これは、とにかくまず作品を《見る》ことから始め、「これは何だろう?」と一人ひとりに《考える》ことをうながし、さまざまな意見を引き出しながら、作品の見方を深めていくやり方です。作品について、他者との対話をとおして《見る/考える》プロセスを繰り返すので、ビジュアル・シンキングというわけです。
  岡山県立美術館では、「作品そのものをしっかり見て欲しい」「同じ作品でもさまざまな見方、受けとめ方があることに気づき、認め合って欲しい」という願いから、 いろいろな美術鑑賞の方法を参考にしたビジュアル・シンキング・プログラム(Visual Thinking Program、略称VTP)という独自のプログラムづくりに取り組んでいます。これは、来館者が鑑賞ナビゲーターと一緒に展示された作品を見て、自分の意見や感想をことばにして人に伝え、人の意見や感想をよく聞き、さらにしっかりと作品を見ながら、自分なりの見方や考え方を深めていくという方法を基本としています。
  中学校の先生方が美術鑑賞の授業を行うときにも、この方法は役立つでしょう。先生がナビゲーター役となって、生徒たちとともに作品を《見る/考える》プロセスを楽しむことが、鑑賞授業を成功に導く第一歩となり得るのです。それでは、ビジュアル・シンキングの基本的な方法を、6ページの「見ることから始めましょう」に沿って説明しながら、教室で行うときのポイント、生徒の意見に対してどう反応するかのポイントを挙げておきましょう。

スタート

まず生徒に作品を見せます。授業では複製図版でもかまいません。どんな第一印象を持ったか注意させたうえで、しばらく時間をとって作品をよく見せてから「何が見える?」「何が描いてある?」「この絵のなかで何が起こっている?」といった問いを投げかけます。
見ればわかる、すぐ答えられる、簡単な質問に聞こえますね。それでもよいのです。実際には、作品のどこに最初に目をとめるかは見る人それぞれであり、受ける印象が違うこともあるのです。ここでは、それをストレートに出してもらうことを大切にします。

受け止める

生徒が何か意見を言ってくれたら、よく聞き、きちんと受けとめて、うなずいたり笑顔を見せるなどのリアクションを示します。なんだかトンチンカンな答えだなぁ、と思っても、まずは発言を受けとめ、生徒が言おうとしていることをよく聞いてみましょう。生徒がさまざまな考えを出したことを誉め、すべての意見に対してニュートラルな態度で受けとめることが大切です。生徒が自信をもち、安心して発言できる雰囲気をつくりましょう。

復唱・確認・共有

あなたの意見を受けとめたよ、と生徒に確実に伝えるためにも、発言を復唱してみましょう。これは同時に、ほかの生徒に発言内容をよく聞かせることにもなります。「言い換えるとこういうことかな?」と確認するのも良いでしょう。このとき先生自身が、身振り手振りを交えて表情豊かに話すことができれば、生徒もおのずと楽しく発言してくれるようになります。生徒の心の動きをつかまえて、クラス全体の雰囲気を高めていきましょう。
授業では、生徒がワークシートに記入したり、先生が復唱・確認をしながら生徒の発言を板書していくことも有効です。生徒が次々と、作品を見てみつけたことや感じたことを発言していくと、聞いている側の生徒も先生も混乱してしまいがちです。そこで、板書やワークシートによって発言内容を整理し、新たな発言とすでに出た意見との関連を確かめます。

根拠を問う

生徒の発言を確認したら、続けて「何を見てそう思ったの?」「この作品のどこを見て、そういうふうに感じたのかな?」と質問します。作品のどこが、何が、その発言の根拠となるのかを確かめる過程は、ビジュアル・シンキングを進めるうえでとても重要です。
この質問に対する答えを聞いて、生徒が作品のどこを見てそう思ったのか理解できたら、「なるほど!」「ほんとだ、確かにそうだね!」としっかり受けとめます。板書された発言を見返してみて、クラスの友だちから出てきた発言とも結び付けてみましょう。生徒たち自身に、作品から見つけ出したものと自分が感じたことを結びつけるよう働きかけるうえでも、板書やワークシートが役立ちます。そして、もう一度よく作品を見て、発言の理由を探すように促しましょう。

交流と振り返りを支援する

自分の発言や漠然と感じたことの根拠が作品の中にあることを意識化させていくうちに、トンチンカンと思われた意見にも、ちゃんと根拠があることに気付く場合があります。生徒一人ひとりが、クラスの友だちの意見を受けとめ、その根拠が作品の中にあることを意識すると、作品の見方が大きく変わるときもあります。
時々「ほかに何か気付いたことは?」という付け加えをさせたり、スタートに戻って「何が見える?」などと質問し直して、生徒が作品を見続けるようにし、新たな発見について発言しやすくしましょう。場合によっては、生徒を集めて作品を近くで見せてもかまいません。生徒どうしの交流のなかで、作品に対する気づきを共有できる場面をつくることもできるでしょう。
作品の見方を深めていくうえで最も気をつけたいのは、正解が一つしかなく、それはもう決まっていると感じさせる質問をしないということです。つまり、幅広い解釈が出来て、作品そのものの世界を拡張させるような「開かれた(open-ended)」質問をする必要があります。
まったく発言のない生徒もいるかもしれません。しかし、ずっと作品に注目していたり、友だちの発言をよく聞こうとする態度が見られれば大丈夫です。対話に直接参加することができなくても、ほかの人の意見をきっかけに自問自答を繰り返すよう、励ましてみましょう。
友だちの意見が理解できているか、意見が変わった場合はどのように変わったのか、それは何故かということを確かめるためにも、ワークシートが役立ちます。授業の最後の場面では、意見が変わった場合はどのように変わったのか、それはなぜか意識させるために、ワークシートや板書を振り返ってみることが大切です。
以上のようなビジュアル・シンキングによる鑑賞授業のねらいは、生徒が自分の目の前にある作品から情報を発見し、自分がどう感じるか、そう感じた理由はどこなのか、それを生徒自身のことばで読み解くことができるようにすること、また、ほかの人の感じ方・作品の見方を共有するなかで、自分の感じ方・作品の見方を深めていくことができるようにすることです。
私たちは、国吉康雄の作品の魅力をもっと多くの人々に知ってもらいたいと考えています。彼がどのような画家でどのような生涯を送ったのかを知ってもらうことも、もちろん大切です。しかし、その前に作品と向き合って《見る/考える》体験を重ねてみてほしいのです。国吉の作品は、パッと見て「きれい」「すてき」と言われるタイプのものではありませんが、見れば見るほど味わいのある不思議な存在感を持っています。表面的に描かれているものが見えるだけでなく、隠されたもの、秘められたものが見えてくる面白さは、中学生にもじゅうぶん体験できるはずです。配布する図版を使って、国吉作品の奥深さを感じたうえで、時代背景や作家の生涯を知りたい、本物の作品を見てみたいという気持ちに結びつけていってください。

※VTPのもとになっているのは、以下のような方法です。
VTC(Visual Thinking Curriculum)
  1980年代後半に、ニューヨーク近代美術館(MoMA:the Museum of Modern Art )で開発された鑑賞教育の方法です。学校で実施されることを前提に組み立てられたもので、その目的は、美術について話し合うことによって、生徒たちが「考える」方法を学ぶ手助けをすることです。美術作品を見て考える力をつけると、生徒の学力や社会的なスキルも向上するというハーバード大学による研究結果もあり、世界各地で行われるようになりました。
アメリア・アレナスの対話型美術鑑賞
  MoMAの教育部講師として活躍し、VTCの開発にも携わったアレナスさんは、1995年以降たびたび来日して、独自の「対話による美術鑑賞」を広めています。1998年に出版された著書『なぜ、これがアートなの?』や同名の展覧会、NHKで放送された番組「最後の晩餐ニューヨークを行く」で高く評価され、日本各地の美術館で実践されている対話型ギャラリートークにも大きな影響を与えました。アレナスさんの方法では、対話のプロセスが生み出す楽しさが大切にされます。
VTS(Visual Thinking Strategy)
  VTCの開発に携わったアビゲイル・ハウゼンとフィリップ・ヤノワインが立ち上げた非営利団体VUE(Visual Understanding in Education)が広めている方法で、生徒の観察力や思考力を高める効果があるとされています。

※ビジュアル・シンキングのための参考文献
・アメリア・アレナス著、福のり子訳『なぜ、これがアートなの?』(淡交社、1998年)
  ビデオ『なぜ、これがアートなの?』『なぜ、これがアートなの? 2』(淡交社、VHS/46分)
・アメリア・アレナス著、木下哲夫訳『人はなぜ傑作に夢中になるの』(淡交社、1999年)
・アメリア・アレナス著、木下哲夫訳『みる・かんがえる・はなす』(淡交社、2001年)
・上野行一監修、上野行一、林寿美、都築正敏著『まなざしの共有―アメリア・アレナスの鑑賞教育に学ぶ』(淡交社、2001年)
・雑誌『ミュージアム・マガジン・ドーム(DOME)』第62号(日本文教出版株式会社、2002年6月1日発行)
  特集 ニューヨーク―ロンドン ミュージアム・エデュケーション進行形
・アメリア・アレナス著、@museum企画制作『MITE! ティーチャーズ・キット』1〜3(淡交社、2005年)
・赤木里香子、森弥生、山口健二「美術館賞教育のタイポロジー」(『美術教育』日本美術教育学会学会誌、No.289、2006年)