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楢井ダム建設の背景(歴史)

楢井ダム建設の背景(歴史)

 右の谷川下流地域は、昭和9年の大洪水をはじめ、昭和20年、昭和47年の大洪水では、多大な被害が生じました。

 また、右の谷川は耕地等に必要な水源として利用されていますが、昭和53年、昭和59年には渇水があるなど、しばしば深刻な水不足に見舞われていました。さらに工業用水や楢井地区における水道用水の新規確保が強く望まれていました。このような状況から治水安全度の向上と新たな水資源を確保するため、楢井ダムが建設されました。

 楢井ダムの完成前、平成6年には、途中一時的な解除はあったものの、高梁川水系内の取水制限が7月16日から11月30日までの138日間に達し、最大取水制限率としては、上水道で50%、工業用水で70%、農業用水で90%の取水制限を実施しています。(参考 高梁川水系河川整備計画【国管理区間】)

 写真(左) 昭和47年7月豪雨時の国道180号と高梁川の様子(高梁市川面町鳴戸付近)

 写真(右) 平成6年渇水における高瀬川ダム

高梁川と高瀬川ダム