復興支援調査を経験して

文/ 大橋 雅也 ・ 岡本 泰典 ・ 杉山 一雄 ・ 米田 克彦

   

 平成23年3月11日に甚大な被害をもたらした東日本大震災からの復興事業に伴う埋蔵文化財発掘調査を支援するため、平成24〜28年度の5年間でのべ311名に及ぶ埋蔵文化財専門職員が全国各地から岩手・宮城・福島3県に派遣されました。 このうち岡山県からは平成24年度から28年度にかけて計4名の職員が宮城県へ赴き、復興事業に伴う埋蔵文化財発掘調査を支援してきました。派遣された時期や支援した地域はそれぞれ。最後となる今回は派遣を終えた職員4名の「東北の大地からの便り」をお届けします。

平成24年度
 平成24年4月1日、震災後約1年が経った被災地に立ち、各所に刻まれたその爪痕に衝撃を覚えました。東北での復興支援調査そのものが初年度のため、誰もが経験したことのない様々な問題に手探りで対処しなければならない難しさがありました。あれから早5年が過ぎましたが、記憶を風化させないように、これからも伝えていくことの重要性を感じています。(大橋)

平成25・26年度
 私は2年間の派遣期間中、主として多賀城市の山王・市川橋遺跡で、三陸自動車道の拡幅等に伴う調査に従事しました。派遣終了後の平成28年9月、かつての現場を訪れ、半年前に開業した多賀城インターチェンジを目にして、各地の仲間たちと取り組んだ調査の日々に思いを馳せ、復興への寄与を願いました。距離は遠くなっても、派遣中の経験と出会い、思い出を大切にしながら、これからも続く東北の復興を見つめ続けていきます。(岡本)

宮城県の仮設調査本部
宮城県の仮設調査本部
(平成24年4月13日)
市川橋遺跡の調査と工事の様子
市川橋遺跡の調査と工事の様子
(平成26年4月24日)

平成27年度
 派遣の1年間、宮城県最南端の亘理<わたり>郡山元町で過ごしました。初めて常磐自動車道を使って通勤した時に、復興が進んでいない土地の広さに呆然としたことが思い出されます。また、放射線量を示す電光掲示板が、高速道路上や町役場に目立つように設置されていて、初めて見えない恐怖を感じました。そんな状況でも、町のみなさんが穏やかな日常を過ごしている様子に接していると、自分たちでできることを少しずつ進めていくことが大切だと再認識しました。(杉山)

平成28年度  
 大震災から5年余りが経ち、被災跡が復旧して日常を取り戻しつつある市街地と復旧・復興事業が急ピッチで進む沿岸部との間に、被害の規模や復興が進むスピードにギャップがあることを感じました。多賀城市や気仙沼市での発掘調査や宮城県での生活を通して、厳しい環境や状況の中でもおおらかで純朴、そしてたくましく生きる東北の皆さんに力をいただき、なにげない日常がいかに尊くて大切なものかを教わりました。(米田)

亘理郡の夜明け
亘理郡の夜明け
(平成28年3月22日)
復興してゆく気仙沼
復興してゆく気仙沼
(平成29年3月20日)

 最後に、東日本大震災の復興支援調査の派遣に伴い、5年にわたって当県からの派遣職員を受け入れ、「東北の大地からの便り」にも快く寄稿していただいた宮城県教育庁文化財保護課の皆様に感謝を申し上げます。

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