東日本大震災から6年、復興続く                   

文/宮城県教育委員会 米田 克彦

   

 立春を迎え、東北の厳しい冬が少し和らいだ2月初旬から多賀城市山王遺跡〈さんのういせき〉の調査に合流しました。山王遺跡は多賀城跡の南隣に位置する古代都市跡として広く知られており、これまでに宮城県・多賀城市教育委員会によって遺跡の至るところで発掘調査が行われてきました。東日本大震災の後、平成24〜26年に行われた三陸沿岸道路の4車線化及び多賀城インターターチェンジ設置に伴う発掘調査は記憶に新しいところです(「東北の大地からの便り」第2・3・7回を参照)。
 今回の山王遺跡の調査は平成27・28年に調査した内館館跡〈うちだてたてあと〉と同じく大規模な圃場整備に伴うもので、平成28年10月末から始まりました。調査は多賀城市教育委員会が主体となり、宮城県教育委員会が支援するかたちで市職員5名(うち2名は東京都府中市、神奈川県からの派遣)、県職員6名(うち3名は新潟・兵庫・岡山県からの派遣)の計11名の調査員が入れ替わりながら担当し、50名を超える発掘作業員さんとともに広大な田んぼのなか調査地点を転々としながら進めてきました。
 市が行う山王遺跡の調査としては、今回で第179次になります。長年にわたる調査成果の蓄積によって、多賀城と周辺の様子が解明されつつあります。今年度の調査は主に山王遺跡の南西側を中心に行っており、各調査区では平安時代ごろと考えられる東西又は南北に畝を揃える畑跡やそれを区画する溝などが見つかりました。多賀城の西側に位置する内館館跡周辺と同様に、平安時代には多賀城の南西側にも整然と区画された畑跡が広がっていたことが分かりました(写真1・2)。圃場整備に伴う山王遺跡の調査は来年度も続きますが、今年度の調査は3月中旬に完了しました。多賀城市の皆さん、たいへんお世話になりました(写真3)。

山王遺跡の調査@(南から)
写真1
山王遺跡の調査@(南から)
山王遺跡の調査A(東から)
写真2
山王遺跡の調査A(東から)

 東日本大震災から6年。平成29年3月11日を宮城県で迎えました。この日、東北各地では東日本大震災に関わる慰霊・追悼行事、復興を願う様々なイベントが行われました。仙台駅構内では「東北復興産直市」が催され、各ブースに並ぶのは県内各地の豊かな特産物や加工食品の数々(写真4)。何気ない日常的な風景に見えますが、こうした風景からも、多くの方々の尽力や支援により、東日本大震災で甚大な被害を受けたインフラ、生活環境、公共土木施設、経済基盤、農林水産業などが復旧・再整備され、地域が復興していく様子を垣間見ることができました。
 平成24〜28年度の5年間で全国各地から東北に派遣された埋蔵文化財専門職員はのべ300名に及び、自治体職員や地元の皆さんとともに各地で復興調査を支援してきました。復興は道半ば。これからも被災地がいち早く復興するよう願っています。

山王遺跡を調査した皆さん
写真3
山王遺跡を調査した皆さん
平成29年3月11日の仙台駅溝内"
写真4
平成29年3月11日の仙台駅溝内

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