ふたたび多賀城市の内館館跡へ                   

文/宮城県教育委員会 米田 克彦

   

 ハクチョウの飛来とともに、東北に冬が訪れました。
 11月中旬、気仙沼市台の下遺跡の発掘調査が完了したのも束の間、ふたたび多賀城市の内館館跡〈うちだてたてあと〉で発掘調査を行うこととなりました。内館館跡の調査は昨年度から継続して行われ、調査箇所を転々としながら昨年9月末に完了したところです(「東北の大地からの便り」第19・22回を参照)。
 ところが、内館館跡周辺で10月から圃場整備工事が本格的に始まり、工事が進む過程で、新たに埋蔵文化財に影響を与える箇所の発掘調査が必要になりました。調査は多賀城市教育委員会が主体となり、宮城県教育委員会が協力するかたちで、今年度上半期に内館館跡を発掘調査した担当者で再編成されました。調査員は、多賀城市1名(神奈川県からの派遣)、宮城県2名(兵庫・岡山県からの派遣)の計3名です。
 今回の調査対象は内館館跡の北側で、昨年4〜7月に平安時代の畑跡を広く確認した調査区のすぐ北隣に位置します。調査区は幅4m×延長150mに及び、全体にわたって平安時代の畑跡や区画溝が見つかり、畑跡の広がりや区画の様子を確認することができました(写真1)。
 引き続き、年末には内館館跡の西側に鎮座する南宮神社〈なんぐうじんじゃ〉の参道を整備するため、境内周辺で遺跡の有無を確認する調査を行いました。南宮神社は天暦年間(947〜956年)に美濃国不破郡〈みののくにふわぐん〉(現在の岐阜県)に鎮座する南宮神社の分霊を奉ったと伝えられています(多賀城町誌編纂委員会『多賀城町誌』1967)。この調査は遺構の平面的な確認と部分的な掘り下げにとどめたことから詳しいことは分かりませんでしたが、井戸の可能性がある大きな穴、掘立柱建物の可能性がある柱穴、平安時代の畑跡や溝を確認することができました(写真2)。
 冬でも比較的温暖な瀬戸内とは異なり、仙台平野の冬は気温が低くて地面が凍みる日が続き、西から強烈な冷たい風が吹き荒れることがしばしばありました。短期間の調査でしたが、地元の発掘作業員さんとともに寒さに耐えながらの調査でした。

内館館跡の北側の調査
写真1
内館館跡の北側の調査(東から)
南宮神社周辺の調査
写真2
南宮神社周辺の調査(南東から)



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