宮城県における震災復興事業に伴う埋蔵文化財発掘調査について(第5回)下                   

文/宮城県教育庁文化財保護課 技術補佐(総括担当) 天野 順陽

   


3 復興調査の成果
 多賀城市内館館跡〈うちだてたてあと〉(H28岡山県派遣職員の米田さん担当)と、山元町合戦原〈かっせんはら〉遺跡(H27岡山県派遣職員の杉山さん担当)の調査成果について報告します。

 @多賀城市内館館跡
 内館館跡は、特別史跡多賀城跡の西側に広がる沖積地に立地する中世の館跡(城跡)で、戦国時代〜安土桃山時代にかけて武将留守顕宗〈るす あきむね〉が隠居した館跡と伝えられています。調査は多賀城市教育委員会が中心となって行っていますが、宮城県教育委員会も協力しています。

 ・クロップマーク
 圃場整備に先立ち確認調査を実施したところ、館跡に関係する堀跡や建物跡などを確認しました。この調査で面白いのは、水田の中に黒っぽくみえるラインが発掘調査で確認した堀跡のラインと合致していたことです。これは土壌の違い、つまり堀の中に堆積した土(褐色〜黒色)と、その周辺の土(黄褐色)で稲の生育に差が生じ、結果として、それが模様のように認識できたためと考えています。
 このように遺構の形、ラインを上空または地上から模様としてはっきり認識できるものを「クロップマーク」と呼んでいますが、宮城県でこれほどはっきり確認できた例はなく、堀跡などの位置を推定する場合、上空からの観察が有効であることを示す調査例となりました(内館館跡現地説明会資料参照)。

 ・ドローンでの航空写真撮影
 6月4日(土)の現地説明会に併せ、前日に、清掃した現場の航空写真撮影を行いました。今回は「ドローン」を使った撮影で、たまたま私も立ち会うことができました。なお、航空写真撮影は専門業者に委託しています。
 天候は「雲が多い晴れ」で、タイミングを誤ると地上が「まだら模様」に写るため、雲の動きを読みながらの撮影となりました。
 職員(米田さんも)がワクワクして見守る中、6角形のドローンは音も静かに上昇(写真1・2)し、あっという間に約100m上空で静止状態となりました。地上でも風が強かったので、上空のドローンを心配しましたが、オペレーターによれば、「機体を平行に保つ『スタビライザー』付なので、秒速10m程度(高速道路のコイのぼりが風で真横になる状態)の風なら問題ない」とのことです。実際、地上のテレビに送られてくる画像は驚くほどほどきれいで、安定していました。時代の流れで、今後は、発掘現場でもドローンを使った写真撮影が多くなると思いますが、安全には注意していきたいと思います。
ドローン離陸
写真1 
ドローン離陸
   
離陸を見守る職員
写真2
離陸を見守る職員
左から、和田さん(東京都府中市)、
武田さん(多賀城市)、永惠さん(兵庫県)、
米田さん(岡山県)

 A山元町合戦原遺跡
 合戦原遺跡は、宮城県の最南端に位置する山元町に所在します。高台移転事業に伴い平成26年8月から山元町教育委員会が本発掘調査を行っています。宮城県教育委員会も調査協力しており、H27岡山県派遣職員の杉山さんをはじめ、多くの派遣職員に支援いただきました。お陰様で、平成28年5月20日をもって調査完了となりました。
 合戦原遺跡の調査成果については、これまでもお伝えしておりましたが、懸案の第38号墓線刻画の移設・保存についても、一定の結論が出ましたので、改めて報告します。

 ・調査結果
 約2年にわたる調査で、古墳時代終末期から奈良時代にかけての横穴墓54基のほか、古代の竪穴建物跡、製鉄炉跡、木炭窯跡など多数の遺構を発見しました(合戦原遺跡現地説明会資料参照)。特に、第38号墓玄室で確認された「線刻画」は、宮城県では初めての発見例で、大きな成果となりました。
 貴重な遺構が多数発見されたため、山元町教育委員会と宮城県教育委員会は遺跡の保存について関係機関と協議を重ねましたが、「津波被災者の移転地であり、これ以上の計画変更による工期延長は避けたい」との理由で、最終的に「現地保存は難しい」との結論に至りました。ただし、「線刻画」については、移設・保存することになりました。

 ・「線刻画」の移設保存について
 線刻画の保存方法については、発見以降、文化庁、奈良文化財研究所、東北歴史博物館などの多くの専門機関・専門家と何度も現地で協議を重ね、その結果、「切り取って、別地に移転して保存する」ことになりました。
 また、切り取る方法等についても、地盤が比較的柔らかい砂質土で構成されていたため、結論が出るまで時間がかかりましたが、「土壁面を強化し、形状を保持した状態で分割して取り出す」方法をとることになりました(詳細は現地説明会資料を参照)。
 この方法は、宮城県では初めてであり、全国的にも類例がほとんどないことから、切り取り作業開始前の4月29日(金)には文化財担当者・研究者向け、5月1日(日)には一般向けの現地説明会を開催し、多くの方に具体的な移設・保存方法、そして、現地での最後の姿を見ていただきました。

線刻画切り取り方法の説明
写真3
線刻画切り取り方法の説明
右:東北歴史博物館芳賀さん
中央:山元町城門さん(福岡県派遣職員)
高台移転地造成開始
写真4
高台移転地造成開始


4 まとめ
 今回は、多賀城市と山元町に所在する2遺跡の調査成果を中心に報告しました。多賀城市内館館跡ではドローンを活用した航空写真撮影、山元町合戦原遺跡では高度な技術を使った線刻画の移設・保存など、復興調査にも最新の機器・技術・手法が導入されていることがおわかりいただけたと思います。
 また、今年度、多賀城市には3名(神奈川県2、東京都府中市1)、山元町には2名(福岡県1、福岡市1)の専門職員が、直接、市町に派遣されていますが、両遺跡の調査が順調に進んでいるのは、派遣職員の支援あってのことと思っています。
 復興調査のピークは過ぎたものの、山元町などでは、まだまだ復興調査及び報告書作成作業が続きますので、今しばらく、職員派遣について御理解をいただきたいと思います。私達も、復興調査を早期終了できるよう、引き続き、調査体制を備え、迅速に対応していきたいと思います。



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