宮城県における震災復興事業に伴う埋蔵文化財発掘調査について(第4回)                   

文/宮城県教育庁文化財保護課 技術補佐(総括担当) 天野 順陽

   


1 今回は・・・
  今年度からスタートした宮城県からの報告は、今回で4回目となりました。6月、9月、12月、そして3月と3ヵ月ごとに掲載させていただきました。毎回、私なりにテーマを設け、少しでも皆様に理解いただけるよう考えて書いたつもりですが、改めて過去の報告を読み直すと、「?」が付く表現が所々にみられ、また、少し文章も多いかな?と反省しているところです。今回は、今年度最後の報告となりますが、発掘調査終了後の報告書刊行に向けた遺物整理状況を中心にお伝えします。

2 報告書刊行に向けた遺物整理状況について
 (1)遺物整理の迅速化
 復興調査では、調査範囲を建物の基礎工事等によって壊される範囲に限定するなどして調査の迅速化を図っていますが、遺物整理作業においても、平常時以上に、提示遺物を厳選し、記述も必要最小限に止めるなどして、早期の報告書刊行を目指しています。もちろん、必要な情報は記述・提示いたしますので、誤解がないようにお願いします。
 (2)各市町の遺物整理状況について
 遺物整理作業は基本的に各市町の整理室で行われています。ここでは、たびたび紹介している気仙沼市、石巻市、山元町と、当課の遺物整理状況等を紹介します。
 @気仙沼市
 気仙沼市の遺物整理は、旧浦島小学校と旧新月小学校庭内のプレハブで行われています。いずれも自然環境豊かな場所に立地しています。夏は風通しも良く快適ですが、冬は宮城県最北の地ということもあり、氷点下10℃近くまで冷え込むことも珍しくなく、暖房をつけても整理作業を行うには厳しい環境となります。
  旧浦島小学校では主に波怒棄館遺跡・台の下遺跡、旧新月小学校では台の下貝塚等の整理作業が行われています。各遺跡とも大量の遺物が出土しているため、建物内は遺物であふれかえっています(写真1・2)。
文化財整理室(旧浦島小)
写真1 
文化財整理室(旧浦島小)
   
波怒棄舘遺跡ほか出土遺物 教室だけでは収まりません
写真2
波怒棄館遺跡ほか出土遺物
教室だけでは収まりません    

 整理作業は任期付職員と派遣職員が中心になって進めています。このうち、派遣職員は、気仙沼市に派遣されている永濱さん(鹿児島県)と野アさん(山梨県笛吹市)、そして、宮城県に派遣され、気仙沼市に調査協力している和田さん(宮崎県)と堤さん(佐賀県)の4名です。九州の方が3名おりますが、皆さん、気候については「夏の暑さは全く気にならないが、冬の寒さは耐えられない」、また、多数出土した縄文土器については「外国(文化圏の意味です)の土器なので、よくわからない」と冗談交じりで言っています。

 A石巻市
 石巻市の遺物整理は、市の中心部から数キロほど北東にある沢田整理室で行われています。震災前は、旧北上川河口付近に建っていた「石巻市文化センター」で遺物整理等を行っていましたが、津波により壊滅的な被害を受けたため、復興交付金(効果促進事業)を活用して、内陸に新しい整理室を建設し(写真3)、整理作業を再開しました。
 沢田整理室では、中沢遺跡(H24〜25年度調査)ほかの遺物整理が行われています。多量の出土遺物があるため、収蔵庫も、すでに埋まってきています(写真4)。
 中沢遺跡担当は、石巻市職員の木暮さんと新潟市派遣職員の潮田さんです。潮田さんは平成25年度から3年連続して県に派遣されており、主に石巻市の調査を担当していただいています。昨年11月までは羽黒下遺跡の発掘調査を担当、調査後は中沢遺跡の石器等の整理作業に加わっていただき、順調に作業が進んでいます。
沼津整理室
写真3
沢田整理室 
中沢遺跡ほか出土遺物
写真4
中沢遺跡ほか出土遺物    

 B山元町
 合戦原遺跡の整理作業は、現場近くの仮設プレハブで行っています(写真5・6)。山元町は人口約13,000人(震災前は約16,000人)の小さな町ですが、復興調査が非常に多く、町職員1人だけでは対応できない状況です。今年度、山元町には香川県・福岡県・筑紫野市・久留米市から埋蔵文化財専門職員が直接派遣されており、合戦原遺跡ほかの調査を担当していただいていますが、まだまだ支援が必要です。町職員は合戦原遺跡以外の報告書作成等もあるため、連日深夜までの勤務で、正直、体調が心配になる状態ですが、岡山県派遣職員の杉山さんをはじめ、長橋さん(山形県)、伊藤さん(千葉県)、小淵さん(岐阜県)、飯坂さん(新潟県)の調査協力により、なんとかこなしているところです。山元町では、来年度も復興調査が予定されていますので、もうしばらく、職員派遣にご理解いただきたいと思います。
合戦原遺跡担当職員 後列左から2番目が杉山さん
写真5
合戦原遺跡担当職員
後列左から2番目が杉山さん
合戦原遺跡の整理作業 中央奥が杉山さん
写真6
合戦原遺跡の整理作業
中央奥が杉山さん

 C宮城県(文化財保護課)
 当課では、JR仙台駅から東に約2km離れた分室で整理作業を行っています(写真7)。分室の南東約1km地点には、東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地「コボスタジアム」があります(岡山県出身の星野監督時代には日本一になりました)。
 震災前、整理作業は、特別史跡多賀城跡の南にある旧東北歴史資料館(現東北歴史博物館の前身)の一部を使用していましたが、被災したため、資料館駐車場に小さな仮設プレハブ2棟を建てて2年間を過ごした後、平成25年4月に宮城県公文書館だったこの建物に移転しました。古い建物であるため、多少の不具合はありますが、やっと落ち着ける場所ができました。引越しの際には、帰任間近にもかかわらず、大橋雅也さん(H24岡山県派遣職員)ほか派遣職員にもお手伝いいただき、大変助かりました。
 三陸沿岸道路・常磐自動車道建設、JR常磐線内陸移設工事に伴う大規模な復興調査は、当課が担当し、調査は昨年度までにほぼ終了、整理作業も順調に進んでいます。大橋さんに担当いただいた常磐自動車道関連遺跡の報告書は昨年12月に刊行、JR常磐線関連遺跡も来年度刊行予定となっていますが、岡本泰典さん(H25〜26岡山県派遣職員)に担当いただいた山王遺跡(多賀城市)については、遺物量が多いため、刊行まで、もうしばらく時間がかかりそうです。
 また、分室は、派遣職員の正規の机が配置してある場所でもあります。派遣職員に限らず、ほとんどの当課職員は発掘調査現場に出向いているため、分室には整理担当職員のみが在室していますが、毎月末の金曜日には調査員全員が集合し、当課の会議、情報交換、勉強会などが行われています(写真8)。
文化財保護課分室(H28.3.1撮影)
写真7
文化財保護課分室(H28.3.1撮影)
会議の様子(右奥が派遣職員)
写真8
会議の様子(右奥が派遣職員)

(3)文化庁・奈良文化財研究所の支援
 @文化庁調査員渡辺伸行氏の視察
 平成27年11月18〜20日に、文化庁調査員渡辺伸行氏の復興調査・遺物整理状況の視察がありました。渡辺氏は、現在、奈良文化財研究所客員研究員ですが、阪神淡路大震災時に神戸市職員として復興調査の対応に当たった実績から、本職を委嘱されています。平成25年度以降、岩手・宮城・福島の被災3県の中でも、特に作業量が多い市町を訪問し、発掘調査現場・遺物整理状況の視察、意見交換を行いました。その時の結果(特に課題等)は文化庁に報告されており、職員派遣等の支援に活かされています。
 今回は、山元町、多賀城市、気仙沼市、石巻市の順に視察が行われました。移動距離が長く、過密な日程となりましたが、各市町の職員や派遣職員から率直な意見・要望を聞くことができました。また、渡辺氏からも、経験に基づいた貴重なアドバイスがなされ、有意義な視察となりました。

 A奈良文化財研究所の支援
 奈良文化財研究所からは、震災直後から支援があり、特に、津波被害に遭った土器等を回収する「文化財レスキュー」では、奈良県から職員のほか、車や機材等も搬入して作業に当たっていただきました。
 波怒棄館遺跡(気仙沼市)の発掘調査では、貝塚が確認されたため、貝塚調査に当たり、埋蔵文化財センター環境考古学研究室研究員の山ア健氏に奈良県から何度もご足労いただき、指導・助言をいただいたほか、ご多用の中、整理作業、報告書原稿の執筆まで引き受けていただきました。波怒棄館遺跡では約1,000箱もの遺物が出土し、整理作業が難航しておりますので、このような支援が得られるのは非常にありがたいです。改めて感謝いたします。
 

3 まとめ
 今回は、沿岸市町で進められている遺物整理状況を中心に報告しました。発掘調査事業というと、屋外での作業のみをイメージするかもしれませんが、実際は、「屋外での作業+報告書刊行」までが発掘調査事業です。つまり、報告書が刊行されなければ、発掘調査事業は完了しないということです。このため、沿岸市町では、事業期間内に報告書を刊行できるよう整理作業を急いでいるところです。
 復興調査のピークは過ぎたものの、山元町などでは、まだまだ復興調査及び報告書作成作業が続きますので、私達も、引き続き、調査体制を整え、迅速に対応したいと思います。
 最後になりますが、今年度、復興調査に協力いただいた派遣職員の皆様、派遣元自治体の皆様、そして、被災地を応援いただいている皆様に感謝申し上げ、今年度の報告を終了したいと思います。1年間、ありがとうございました。




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