長い旅の終わりに                   

文/宮城県教育委員会 岡本 泰典

   



 東日本大震災から4年、私の宮城県赴任から早くも2年の歳月が流れました。同時に、すっかり馴染んだ宮城県、そして東北との別れの時がやってきました。名残は尽きませんが、宮城県を去るにあたり、2年間の思い出を凝縮して、お別れの挨拶とさせていただきます。

 平成23年3月11日。巨大な生物のように街を飲み込んでいく大津波の衝撃は、テレビ画面を通してであれ、生涯忘れることはできません。そして数か月後、復興に伴う発掘調査への人的支援が取り沙汰されるようになると、私の心は少しずつ東北に向き始めました。「支援に行きたい」「自分のような者が行って役に立つのか」…そんな葛藤を経て、結果としては自らの意思で宮城の土を踏むことを選択しました。それは、驚異と不思議と魅力に満ちた東北を訪ねる、長い旅の始まりでもありました。
 西日本で生まれ育った私にとって、東北はほぼ未知の土地であり、それは遺跡・遺物についても同様でした。特に目を引いたのは、やはり北東北を中心とした縄文文化の素晴らしさです。現地に足を運ぶと、立派な復元建物や、精緻を極めた土偶〈どぐう〉や漆工芸に圧倒されます。三内丸山〈さんないまるやま〉遺跡や大湯環状列石〈おおゆかんじょうれっせき〉などでは、遺跡の内容もさることながら、整備・活用の充実ぶりも目を見張るばかりで、遺跡を地域の宝として未来に受け継ぐという意気込みが伝わってきました。
 そのような著名遺跡でなくても、小さな資料館の展示室に、完形の縄文土器や土偶がごく当たり前に並ぶ光景は、西日本ではまず考えられないことです。その違いを生んだものは何なのか。日本列島の自然環境と文化の多様性を考えさせられる経験でした。

三内丸山遺跡(青森県青森市)
三内丸山遺跡(青森県青森市)
   
大湯環状列石(秋田県鹿角市)
大湯環状列石(秋田県鹿角市)
   

 東北での驚きといえば、やはり雄大な自然も挙げなければなりません。
 例えば、東北地方を貫く奥羽山脈や北上山地には、全国的に知られた名山がたくさんあります。私も2年の間に、鳥海山〈ちょうかいさん〉、岩手山、早池峰山〈はやちねさん〉、磐梯山〈ばんだいさん〉など、東北地方を代表する高山に登頂してきました。また、山岳信仰の拠点となった寺院や神社を訪ねたり、岩手県の早池峰神楽〈はやちねかぐら〉を観賞したりと、山の生み出したさまざまな文化遺産にも心を奪われました。
 一方、荒々しい三陸のリアス式海岸や、松島の穏やかな多島海など、多様性に富む海岸風景も特筆されます。縄文の昔から現在まで、海は豊富な水産資源によって人々の生活を支え、陸と海が織りなす絶景は絵画や文学の題材となり、さらには貴重な観光資源ともなってきました。長い歴史を通じて、海が人々にもたらしてきた恩恵の大きさは、計り知れないものがあります。
 自然と人々の生活、文化との密接な結びつきを改めて実感できたことも、東北生活の収穫の一つといえそうです。


岩手山遠景(岩手県滝沢市から)
岩手山遠景(岩手県滝沢市から)
   
北山崎(岩手県田野畑村)
北山崎(岩手県田野畑村)
   

 その自然が突如として牙をむき、尊い人命を容赦なく奪い、生活の基盤を根こそぎ破壊していったのが、東日本大震災でした。自然に罪はないとはいえ、消滅した街を目の当たりにすると、やりきれない気持ちになります。
 私は派遣期間を通じて、北は青森県八戸市から南は福島県いわき市まで、各地の被災地を訪れてきました。赴任当初、いたる所にあった瓦礫の山はやがて撤去され、代わってかさ上げ用の土砂の山が目立ち始めました。防災集団移転や災害公営住宅の建設も少しずつ進んでおり、復興の着実な歩みを感じます。復興商店街で立ち寄った飲食店では、私が支援職員であることを知ったお店の方から、逆に励まされることもありました。行く先々で出会った人々の心の温かさも、東北派遣の忘れがたい思い出です。
 しかし一方では、仮設住宅などでの避難生活を送る方が、今年2月末現在で23万人近くにのぼるなど、震災からの復興には、まだまだ時間がかかりそうです。被災地が魅力と活力ある街として再生し、被災された方々が安定した生活を取り戻すことを、心から祈念しています。

土砂運搬用のベルトコンベア(岩手県陸前高田市、平成26年9月)
土砂運搬用のベルトコンベア
(岩手県陸前高田市、平成26年9月)
   
完成間近の災害公営住宅(宮城県女川町、平成26年3月)
完成間近の災害公営住宅
(宮城県女川町、平成26年3月)
   
かさ上げ工事が進む旧市街地(宮城県気仙沼市、平成27年2月)
かさ上げ工事が進む旧市街地
(宮城県気仙沼市、平成27年2月)
   
福幸きらり商店街(岩手県大槌町、平成26年3月)
福幸きらり商店街
(岩手県大槌町、平成26年3月)
   


 初めて住んだ東北の地で私が見たものは、雄大で美しい自然と、そこに育まれた豊かな文化であり、未曾有の試練に直面しながらも、それを乗り越えようと奮闘する人々の姿でした。そして今後は、「東北人」としての経験を手掛かりにして、地元である岡山の自然と文化を、新たな視点から見つめ直すことができるのではないかと思っています。どうやら、東北に支援に来た私は、むしろ東北から多くのことを教わったようです。
 今まさに長い旅を終えて、再び岡山での「日常」へと戻っていく私ですが、旅の中で生まれた発見や縁を、今後も大切にしていきたいと思います。そしていつの日か、再生を果たした東北を再び訪れ、かつての仲間たちや、地元の皆さんの笑顔に出会い、復興を喜び合いたいという思いを強くしています。
 私が担当する「東北の大地からの便り」は、今回が最後となります。連載中、勢い余って少し独りよがりな主張もあったかと思いますが、その点はどうかご容赦願います。来年度も、岡山県から宮城県への職員派遣は継続しますので、新たな視点からの情報発信にご期待ください。
 最後に、右も左も分からない私を暖かく受け入れてくださった職場の皆さん、宮城県の皆さん、さらには東北の皆さんに、この場を借りて心からお礼を申し上げます。そして、私に多くのことを教えてくれた、東北の豊かな自然と文化にも。


 素晴らしきかな、東北! がんばれ東北!! ありがとう東北!!!



さよなら、仙台の街
さよなら、仙台の街
   


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