第2回   丘に暮らす人々−小中遺跡〈こなかいせき〉−

 休日ともなれば多くの観光客でにぎわうファーマーズ・マーケットですが、この場所に弥生時代の大集落があったことをご存知ですか?
 標高130m余りのなだらかな丘陵が広がるこの一帯には弥生時代の中ごろ(2,100年前)から人々が暮らしはじめ、終わりごろ(1,900年前)には近隣の人々が寄り集まって大きな集落となりました。
 当時の住まいは、地面を50pほど掘りくぼめて柱を立て屋根をかけた半地下式の竪穴住居〈たてあなじゅうきょ〉で、中央には囲炉裏〈いろり〉が設けられていました。20uほどの広さが一般的ですが、見晴らしのよい丘の頂きには50uを超える大きな住居跡がつくられています。こうした住居には繰り返して建て替えた跡が見られることからすると、場所が固定されていたのかも知れません。あるいは集会所のような共用施設だったのでしょうか。
 また、竪穴住居の中には床一面に貯蔵穴を掘り込んだものや、柱をもたない小規模なものもあり、住まいの外にも様々な用途に使われていたようです。
 数百年近にわたって多くの人々が暮らしたこの集落も、古墳時代の幕開けとともに忽然と姿を消してしまいます。一体どのような事情があったのか、今も大きな謎として残されているのです。

竪穴住居群
竪穴住居群

*『広報しょうおう』2011.7月号掲載記事を一部改変して転載


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