第13回 緑なす住まい−小池谷遺跡〈こいけだにいせき〉−

 最近、夏の暑さをしのぐ工夫として、屋上に芝生を張ったり、窓辺をつる草で覆うといったアイデアが紹介されていますが、そんな緑に覆われた住まいが2,000年前にもあったのかも知れません。
 黒土の丘の上にある小池谷遺跡は弥生時代中期に営まれた集落跡ですが、そこでは大きな竪穴住居が焼け落ちた状態で見つかりました。床の上には黒く焼け焦げた丸太が並び、その上に赤く焼けた土の層が広がっています。
 屋根の骨組みを覆うこの焼け土は、これまでも各地で確認されていましたが、その正体は長い間なぞのままでした。しかし、火山灰で埋もれた群馬県黒井峰遺跡〈くろいみねいせき〉の調査によって、これが草葺〈くさぶ〉きの下地として施されたものであることが分かりました。骨組みに使われた太い丸太は、土が葺かれた屋根の重みを支えるために必要だったのです。
 このように屋根へ土を葺いたのは、暑気や冷気を遮断〈しやだん〉するとともに、類焼を防ぐ効果を期待したのでしょうか。しかし、窓のない半地下式の住まいは湿度が高く蒸し暑いように思えますが、それをやわらげたのは葺き土に芽生えた植物だったのかも知れません。それはまた、葺き土を屋根に固定する役割も果たしたことでしょう。
 草が生い茂る積みワラのような家、そんな姿を想像して見るのも楽しいものです。
焼け落ちた竪穴住居
焼け落ちた竪穴住居

*『広報しょうおう』2012.5月号掲載記事を一部改変して転載


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