第10回  瓦にこめた祈り−間山経塚〈はしたやまきょうづか〉−

 平成15年、調整池の建設が計画された間山の中腹で発掘調査をしていると、灰色をした小さな瓦のかけらが見つかりました。その表面をよく見ると、何やら文字が刻まれています。実は間山では、これと同じものが大正時代にたくさん掘りだされているのです。
 今からおよそ1,000年前の平安時代後期、仏の教えが失われ世の中が乱れるという思想が広まりました。僧侶や貴族たちは塚を築いて経典を土中に保存することで仏の功徳〈くどく〉にあずかろうとしたのです。
 一辺16cmほどの粘土板に経文を刻んで焼き上げた瓦経〈がきょう〉は、経典を保存するには打って付けの方法でしたが、その製作には相当の資財が必要でした。その点、間山の高福寺〈こうふくじ〉は近郷にその名を知られた大寺院であり、勝間田焼の窯場にも近いことから瓦経作りに適した環境にあったようで、ここで作られた瓦経の一部は遠く鳥取県の大日寺〈だいにちじ〉へも運ばれたと言います。
 掘りだされた瓦経はすでに散逸して地元に残るものはごくわずかですが、そこに刻まれた文字の1つ1つには、当時の人々の深い祈りと願いがこめられているのです。
間山で見つかった瓦経間山で見つかった瓦経
間山の瓦経(美作市蔵)

*『広報しょうおう』2012.2月号掲載記事を一部改変して転載


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