連載第12回 弥生・古墳時代の洪水痕跡が語りかけるもの 

                   

文/岡山県古代吉備文化財センター 河合 忍

   



 まだ記憶に新しい平成23年3月11日、太平洋三陸沖を震源として大地震が発生し、それに伴って、大規模な津波が起こりました。最大で海岸から6km離れた内陸まで浸水、岩手県三陸南部、宮城県、福島県浜通り北部では津波の高さが8〜9m程度に達するなど、震源域に近い東北地方の太平洋岸では、津波が甚大な被害をもたらしました。

 仙台平野ではこの大災害の前から、複数の研究者によって津波堆積物について研究が進められ、文献に記されていた平安時代前期(貞観11(869)年)の「貞観地震」をはじめとして、複数回の大津波が起こった可能性があることが指摘されていました。東日本大震災のあと、政府の地震調査委員会は、三陸から房総にかけての太平洋沖で、東日本大震災と同じタイプの海溝型地震が平均600年程度の間隔で発生していたとする調査結果を公表しましたが、大震災後、大地に刻まれた津波の痕跡から過去の災害を探り、今後に生かそうとする試みは強く求められるようになっています。



 大地に刻まれた痕跡から過去を探る仕事といえば、私たちが行っている遺跡の発掘調査がそれに該当します。遺跡の発掘調査は、大地に重層的に刻まれている先人の生活の痕跡を丹念に掘り起こし、積み重なった歴史を解きほぐし、明らかにしていく地道な作業ですが、先人の工夫・苦労などから学び、今後に生かすという意味においては、上で述べた災害の予知と同様に大切な仕事です。

 さて、その遺跡の発掘調査ですが、調査を進めていると予想外の発見に出くわすことがあります。その一つが、洪水の痕跡です。洪水といっても、津波によるものばかりではなく、大雨による土砂崩れや、堤防決壊によって起きるものもあります。苫田ダムの建設に伴って発掘調査された鏡野町久田原遺跡・久田堀ノ内遺跡の洪水(土石流)痕跡は、まさにそのタイプでした。久田原遺跡では、現地表面から1m近く掘り下げたところで砂礫を多く含む層が顔を出しました。この砂礫層のすぐ上には古墳時代中期(約1,500年前)以降の集落や古墳が形成されていましたが、河川のすぐ近くでの調査ということもあり、これより下層には古い時代の生活痕跡はないと当初は考えられていました。しかし、部分的に深く掘り下げてみたところ、砂礫層の下から生活の痕跡をにおわせる黒色層が見つかりました。そこで、分厚く堆積する砂層を面的に取り除いたところ、驚いたことに保存状態のよい弥生時代から縄文時代にかけての集落が顔を出しました(写真参照)。

 その弥生時代の地面の上に堆積した砂層は、厚いところでは約2mもあり、中には直径1mを超える大きい岩も含まれていました。弥生時代の地面にも、大きい岩が食い込んでいましたが、これは京都大学構内遺跡などの発掘調査例から土石流によるものだということがわかりました。縄文時代後期から断続的に約1,000年間居住地として利用されたこの土地は、弥生時代終末期頃(約1800年前)に発生したすさまじい土石流によってあっという間に埋め尽くされてしまったのです。

 
鏡野町久田原遺跡></TD>
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      <DIV align= 大洪水に見舞われた弥生集落
(鏡野町久田原遺跡)

 このように甚大な被害が発生した弥生時代終末期頃には、水系が異なりますが、県南部の旭川下流域に位置する岡山市の百間川遺跡群などでも同様の痕跡が認められます。さらに、岡山県外でも大阪府の池島・福万寺遺跡などで同時期の大規模な洪水痕跡が検出されており、この時期に広い範囲で洪水が起きていることが明らかとなってきました。

 弥生時代の後半から古墳時代にかけて大きな環境の変化があったことは、古環境学や環境考古学などの分野の研究者によって指摘されており、「古墳寒冷期」と呼ばれて来ました(安田喜憲氏作成図参照)が、近年はこの環境変化と洪水との関わりにも注目が集まりつつあります。

気候悪化のグラフ
弥生時代後半から古墳時代にかけての気候悪化
(安田喜憲1990『気候と文明の盛衰』朝倉書店 より引用)

 こうした中、気候変動と歴史との関わりを積極的に評価する研究者も増えつつあり、2世紀から3世紀にかけて起きた中国大陸や朝鮮半島の動乱と気候変動との関わりについても注目が集まっています。3世紀には、日本においても前方後円墳の造営に代表される広範囲の政治的なまとまり(=初期国家)の形成が進んでいるとみられていますが、この一因にも環境変化が関わっていると指摘する研究者もいます。

 環境変化がどの程度社会に影響を及ぼしているのかについては、これからの検討課題ですが、その検証を待つまでもなく、古来から自然環境と社会は密接な関係にあったことは確かです。自然は私たちに多くの恵みをもたらしてくれますが、時に驚異となって容赦なく襲いかかってきます。大地に刻みこまれた洪水などの自然災害の痕跡は、そのことを忘れがちな私たちに語りかけているかのようです。

 発掘調査によって徐々に明らかにされる過去の災害痕跡を正確に知ることで、将来に起こりうる災害に備えておくことは非常に大切なことです。

 そして、最後に強調しておきたいのですが、これまでの歴史を紐解くと、多くの自然災害に見舞われるたびに、先人たちは力を合わせ、知恵を絞りその苦難を幾度となく克服してきたことがわかります。さきほど紹介した百間川遺跡群では、大洪水に見舞われた後、見事に集落を復興させたことを発掘成果から知ることができます(写真参照)。こうした先人のたくましさや英知・チームワークから学び、不意に訪れうる自然災害に備えておくことが今まさに問われているのではないでしょうか。
 

洪水後に復興した集落></TD>
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      <DIV align=大洪水後に復興した古墳集落
(岡山市百間川沢田遺跡)

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