大地からのメッセージ(4) 縄文の芸術

                         

文/岡山県教育庁文化課  亀山 行雄




    今から約一万年前につくられはじめた縄文土器は、世界でも最古の部類に属
   し、我が国が誇る発明品第1号と言ってよいのかもしれない。

     土器の発明は、煮るという新たな調理法を提供した。これによって、食材の範
   囲は大きく広がるとともに、消化を助長することによって人類の延命に貢献した
   と言われる。

    こうした経緯もあってか、縄文土器はもっばら煮炊き用のナベとしてつくられた。
   つくられはじめたころの土器は、表面を平らに撫でつけただけの簡素なものであっ
   たが、やがて棒や縄によって装飾がほどこされるようになり、その表現はしだい
   に複雑かつ躍動感あふれるものとなっていった。備前高校の敷地内から出土し
   た長縄手遺跡の縄文土器は、だいたいこのころ(約四千年前)のものである。




縄文土器
長縄手遺跡の縄文土器




    ここで見つかった土器は、ちょうど植木鉢のようなかっこうをしていて、口の部
   分は、波のようにうねり、あるいは角のようにつきでている。またその表面は、
   棒で円や渦巻きを描き、縄目でアクセントをつけた文様で飾られている。

     こうした土器の文様は、集団のアイデンティティを表現する役割を担っており、
   長縄手遺跡の土器からは、畿内地方との接点に住まいしていた人々の交流関
   係がうかがえる。

    また、長縄手遺跡では矢じりやナイフのような石器も出土している。石のかけ
   らを数ミリ単位で丹念に打ち欠き、鋭利な刃をつくりだすその熟練技は、機械文
   明に生きるわたしたちにとって、芸術的でさえある。

     こうした石器の素材には、主に対岸の香川県でとれる安山岩が用いられてい
   るが、島根県の隠岐島からはるばる運ばれた黒曜石も見つかっている。

    このように、当時の広域な流通を示す好例として、岡山市津寺遺跡から出土
   した硬玉製大珠(こうぎょくせいおおたま)がある。新潟県産の大きなヒスイで
   つくられたこのペンダントは、村を統率するリーダーが身につけていたものだろ
   うか。




ヒスイ製ペンダント
津寺遺跡のヒスイ製ペンダント




    一般に、縄文時代の装飾品は比較的少ないが、岡山市百間川沢田遺跡では
   指輪状の鹿角製品が出土している。またここでは、詳しい用途は分かっていな
   いが、やはり鹿角を加工してつくられた鳥形の飾りも見つかっている。




鳥形装飾品
百間川沢田遺跡の鳥形装飾品




    生活の糧を自然の恵みに頼って暮らしていたこの時代にあっては、こうした
   品々も単なるアクセサリーではなかったに違いない。自然に対するおそれとい
   のり、そこには縄文人の深い思いがこめられていたのだろう。


指輪状装飾品
百間川沢田遺跡の指輪状装飾品




※グラフおかやま1997年7月号より転載




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