大地からのメッセージ(24) たたら
文/岡山県古代吉備文化財センター 光永 真一
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高殿たたら床釣り断面 |
勢い余って、から足を踏む様子を「たたらを踏む」と表現しますが、この言葉
の元々の意味は、「鞴(ふいご)を踏んで風を送ること」で、「たたら」とは足踏
みの鞴を意味しています。この鞴から送られる風が無くては成り立たないのが
製鉄炉です。
このため、「たたら」は製鉄場を指す言葉としても使われ、江戸時代に中国山
地を中心にして盛んに行われた日本古来の製鉄法は、「たたら吹製鉄法」と呼
ばれます。
この製鉄法は、(1)砂鉄を原料とし、木炭を燃料とする、(2)天秤鞴(てんびんふ
いご)という二人がかりで操作する大きな鞴で送風する、(3)炉の地下に、床釣
(とこつ)りと呼ばれる巨大な保温・防湿構造を施す、という三つの要素で定義
され、十間(18m)四方の高殿(たかどの)という大きな建物の中で行われるこ
とから、その製鉄場を高殿たたらと呼びます。
製鉄遺跡にのこされるのは、(3)の床釣り構造です。三室川ダムの建設に伴っ
て、平成8年から二年間にわたって調査された、阿哲郡神郷町の大成山(おお
なるやま)たたら遺跡群では、幕末から明治時代に操業された高殿たたらの巨
大な床釣り構造が明らかになりました。
まず、30m四方に造成された平坦面の中央に、床釣りのために、長さ9.2m、
幅6.7m、深さ2.7mの大きな穴が掘られます。穴の底には、一辺50cm前後の
川原石が立て並べられ、その上に同じくらいの大きさでやや扁平な川原石が
敷き並べられます。
下段の石を坊主石(ぼうずいし)、上段の石を笠石(かさいし)と呼びます。笠
石の上に、10cm大の角礫と鉄滓(てっさい)をそれぞれ20cm程の厚さに敷き
詰め、さらに黒ボクを20cmと穴を掘った際の地山土を70cm積み上げて、基礎
工事が終わります。この時点で、深さ2.7mの穴を1.8m埋めた状態になります。
この面に、本床(ほんどこ)・小舟(こぶね)と呼ばれる、長さ6m弱の大きな乾
燥施設が築かれます。中央の本床は、側壁の高さが1.5m、中央部の幅が1m
を超える和船のような形です。両脇の小舟は緩い弧を描き、高さ50cmの側壁
の上に粘土で甲が架けられて、トンネルになっています。
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初めは本床にも甲が架けられ、それぞれに詰め込まれた薪を燃やして、周
辺を乾燥させます。その熱影響は強く、床釣りの下層の土も黄色から赤色に
変色しています。
この後、小舟の上は埋め立てられ、本床の中に炭が詰められて、床釣りが
完成します。そして、本床の上に炉が築かれ、小舟の位置には天秤鞴が据え
付けられて、炉に火が入ります。
この高殿たたらでは、建物の中の構造も良く残っていて、砂鉄や炭の置き
場、炉を築く粘土の置き場、あるいは作業員の休憩場所まで分かりました。
高殿の周りには、運び込まれた砂鉄を最終的に精選する砂鉄洗い場や、で
きた鉄を包丁鉄(ほうちょうてつ)と呼ばれる製品に仕上げる大鍛冶場(おお
かじば)も配置され、当時の製鉄工場の様子を目の当たりにすることができ
ました。
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後方:木炭置き場 |
大成山たたら遺跡群では、この高殿たたらを含めて、中世から近世に操
業した七つの製鉄場の跡が見つかり、高く炎を上げる炉の傍らで、汗だくに
なりながら鞴を踏み続けた人々の姿を蘇らせてくれました。
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※グラフおかやま1999年3月号より転載




