センタートップ > 鬼ノ城トップ > 調査員便り平成23年1−2月号 

 このコーナーは、現場の調査員(平成22年度はK・O・Uの3人組!)からのホットな情報をお届けします。
 この便りから現場の様子、発掘の状況、作業員さんとのふれあい、季節の移り変わりなどを感じてみてくださいね。

<平成23年1−2月号>

 2011年2月23日(水曜日)

調査跡地に緑を!

植樹作業の様子

 鬼ノ城の森林は、保安林に指定されています。保安林は山の土砂が流出するのを防ぐため、あるいは人々のレクリエーションの場として利用するために大切に保護されています。たとえ発掘調査で樹木を伐採する場合でも、勝手に木を切ることはできません。保安林を管理している部署と事前に話し合い、承諾を得てから調査にかかります。その中で、調査後は木を植え、失われた樹木を補うことになっていましたので、この度、植樹を実施しました。
 植樹は、備中県民局の指導のもと、総社市立池田小学校の皆さんにご協力いただいて実施しました。生徒たちは、一生懸命に穴を掘り、丁寧に苗を植えてくれました。これらの苗が、子どもたちと同様に、すくすくと大きく育ってくれることを祈っています。(K)

 2011年2月17日(木曜日)

土手に石を敷き並べる

石垣と敷石

 今年度調査した土手の前面は石垣二段の階段状で、石垣の間には敷石を設置していました。敷石は、文字通り石を敷き並べた施設です。土手を補強しつつ通路として歩きやすくするためのものと考えられます。このような敷石は城壁の内外にも設置されており、こちらは現在でも歩くことができます。城壁内外の敷石はやや傾斜しており、排水を目的とした可能性が推測されています。土手の敷石も外側に向かってやや傾いており、やはり排水を目的とした施工と考えていいでしょう。(U)

 2011年2月9日(水曜日)

やぶの中で悪戦苦闘

光波を待つターゲット

 発掘調査の終了後も、旧現場周辺では週に1回の地形測量が続いています。さっぱりと伐採された現場とは違い、今度はうっそうと茂る草木をかき分けての作業。枝に頭をぶつけ、倒木につまずき、野バラのトゲに顔を引っかかれつつ、これぞという場所に測量用のターゲットを置くと、茂みの向こうではもう一人が測量機器をのぞきこみます。ところが、この茂みが災いしてお互いに「声はすれども」の状態に・・・。わずかな木々の切れ目を頼りにどうにかターゲットを見つけても、測量機器から出る光波は途中の枝葉に弾かれ、なかなか届きません。ようやく届いたと思ったら「あと10pアップ〜!」・・・置き直したらまたしても「見えませ〜ん」・・・こんな調子では、測量図の完成までにあと何回かの山登りをしないといけませんね。(O)

 2011年2月4日(金曜日)

ただいま考え中

土器の実測

 ここはセンターの遺物実測室。整理作業員さんが左手に土器の破片、右手に鉛筆を握って何やら考え中です。この破片、元々はどんな土器のどの部分なのでしょう。今回の遺物には小さな破片が多くて、本来の姿を推測するのは至難です。これまでの経験値を総検索して、脳内ではいろんな復元のパターンが浮かんでは消えているのかもしれません。方針が決まると、右手の鉛筆がすらすらと動きだし、精密な遺物の図面があっという間に完成です(ちょっと大げさ?)。こうしてできあがった図面は報告書などに掲載され、鬼ノ城の調査成果を広く発信する一助となります。(O)

 2011年1月27日(木曜日)

土手状遺構の中の縞状模様

版築の縞々模様

 土手状遺構について、石垣と敷石を設置することやダムのような性格が考えられることなどを調査員便りでもお伝えしてまいりました。しかし、“土”の部分についてはまだ一度も触れていません。そこで、今回は土手の土の部分はどのようになっているのかをご紹介したいと思います。結論を言いますと、土の部分は“版築”という工法で築き上げています。版築とは、土を一層ずつ突き固めながら盛り上げていくという工法で、鬼ノ城の城壁土塁でも確認されています。土手の断面を見ると、厚さ10pにも満たない土層が幾重にも重なった縞状模様がはっきりとわかりました。ただ土を盛り上げたのではなく、相当な労力と時間をかけて完成させたようです。(U)

 2011年1月21日(金曜日)

誰の作品?

コゲラがあけた穴

 枯れた広葉樹の幹に、ドリルで開けたようなまん丸の穴が5個、縦一列に並んでいるのを見つけました。作者はキツツキの仲間の「コゲラ」という鳥です。キツツキといっても、コゲラはせいぜいスズメくらいの大きさ。いつもメジロやシジュウカラなど、別の小鳥たちと一緒に群れを作っていて、ちょっと頼りない感じもします。でも、餌探しや巣作りの時には、小さな体とくちばしを懸命に使って、こんな大穴を開けてしまうんですね。わざわざまん丸にするのも几帳面というか何というか。やっぱり小さくてもキツツキはキツツキ、お見事な職人技に敬服です。(O)

 2011年1月17日(月曜日)

やっぱり建物でした!

掘立柱建物

 これからしばらくの間、調査期間中にお伝えできなかった成果を少しずつ載せていきたいと思います。まずは、去年の11月24日に「新たな建物!?」として紹介した柱穴ですが、その後の調査でまさしく掘立柱建物と確定しました。長さ約3.6m、幅約2.5mの長方形をした小規模な建物です。右側の柱穴は3個並んでいるのに対し、左側は真ん中の柱穴がありません。また、左側の柱穴はどちらも2個1組で見つかり、建て替えが行われた可能性もあります。この建物が鬼ノ城の時期のものか、それより後の寺院などに伴うものかは、出土品もないためよく分かりませんが、いずれにしても礎石建物に比べるとずっと簡素な建物だったようです。(O)

 2011年1月6日(木曜日)

整理作業が始まりました

土器洗い

 皆さん新年おめでとうございます・・・おっと、これがアップされる頃にはもう遅いと思いますが、まあご愛嬌ということで。さて、今日から今年度分の遺物整理が始まりました。今回の出土遺物はコンテナ3箱分で、土器洗いや復元作業もすんなり終わりそうですが、かといって楽はできません。7年計画の5年目が終わり、そろそろ報告書作成のことを本格的に考える時期になりました。ページ数は?章立ては?レイアウトは?などなど、調査員の悩みはまだ当分尽きることはなさそうです。(O)