センタートップ > 鬼ノ城トップ > 調査員便り平成22年11月号 

 このコーナーは、現場の調査員(平成22年度はK・O・Uの3人組!)からのホットな情報をお届けします。
 この便りから現場の様子、発掘の状況、作業員さんとのふれあい、季節の移り変わりなどを感じてみてくださいね。

<平成22年11月号>

 2010年11月24日(水曜日)

新たな建物発見か!?

掘立柱建物?

 現在調査している北門近くのC2区では、斜面を人工的に平らに造成した場所が確認されました。さて、平らな場所があればきっと何かが作られているはずです。そんな期待を胸に抱きながら土を削っていくと、直径25cmほどの円形をした柱の跡がひょっこり顔をのぞかせました。さらに周囲を掃除していくと、同じくらいの大きさの穴が次々に見つかるではありませんか。しかも柱穴はきれいな四角形に並んでいるようです。もしやこれは掘立柱建物では・・・いえ、もちろんさらに調査を進めなければ確実なことはいえませんが、出てくるモノが少々地味だったC2区としては、ここはぜひ新たな建物の出現を期待したいところです。詳しい調査の結果はまた後日!(O) 

 2010年11月19日(金曜日)

ああ無情

現場に舞い散る落ち葉

 晩秋を迎えた鬼ノ城では、風が吹くたびに木々のこずえから落ち葉が舞い降りてきます。風情たっぷりに木漏れ日の間を舞う落ち葉も、実は私たち調査員にとっては少々悩みの種でもあります。  今日は全景写真の撮影日。朝一番から、作業員さんたちに現場内の地面をきれいに削って掃除してもらいました。ところがそこに一陣の風が吹き抜けるや、近くのコナラの木からたくさんの落ち葉が次々に舞い込み、あっというまに現場は葉っぱだらけ。「ほうきで掃いたら?」と思われるかも知れませんが、そんなことをしたら砂ぼこりがたって、せっかく掃除した現場がさらに汚れてしまいます。こうなったら、面倒でも手で拾い集めるしかありません。風にも落ち葉にも責任はありませんが、何だかやりきれない気持ちです。秋の風情も迷惑と紙一重。山の現場にはこんな苦労もあるのです。(O)

 2010年11月17日(水曜日)

城内案内図からみる鬼ノ城の調査

年季の入った案内板

 城内にはいくつかの案内板が立てられていることをご存じでしょうか。年季の入ったものもあれば、案内が鮮明にわかる新しいものもあります。またビジターセンターで配られているリーフレットにも案内図が載せられています。これらの案内図、見方を変えると城内の調査史を少しだけ教えてくれる存在でもあるのです。 散策の折、城内にある年季の入った案内図と案内リーフレットの地図を比べてみてください。建物の数や城門の位置などいろいろと違いがあると思います。年季の入った案内図は昭和の、リーフレットは平成の調査成果をもとに作成されており、その差が案内図に反映しているのです。ちなみに前者は平成の調査成果を受けて若干の修正を受けています。案内図の差は、鬼ノ城の様子が長年の調査の積み重ねによって徐々に明らかになっていったことを、寡黙ながらにも教えてくれているのです。(U)

 2010年11月12日(金曜日)

土手の裏側にも石垣

土手内側の石垣

 9月の大公開で皆さんにご覧いただいた通り、第5水門内側に築かれた土手状遺構の表側には、立派な石垣と敷石が施されています。となると、裏側はどうなのでしょう。貯水池に直接面する裏側では、土手を保護するための石垣は当然必要だったはずです。そう予想して掘り進めていくと、やはり表側と同じように、側面に築かれた石垣がきれいに出てきました。さらに石垣の裏側を断ち割ってみると、土手を築く際に土を少しずつ盛り上げた様子が鮮明な横縞模様となって現れました。さすがに、貯水という重要な役割を担うだけあって丁寧な作りですね。これからさらに調査を進め、土手の構築方法を徹底解明していきます。(O)

 2010年11月9日(火曜日)

穴ぼこだらけの現場

穴だらけの現場

 ここは昨日から始まった現場です。表面の腐葉土を取り除くと、いよいよ本格的な掘り下げが始まりました。でも、各人がてんでに掘ったのでは、深さはまちまち、掘った面はでこぼこでとても調査になりません。そこで一工夫。あらかじめ基準になる小さな穴を掘っておき、全体を掘り下げる時の目安にするのです。つまり、この穴の底どうしをつなぐように掘っていけば、掘り上がった面はきれいにそろい、表面を削って遺構を探すのも簡単、というわけです。もちろんこの基準の穴も、決して機械的に掘るのではなく、土の色の変化などを参考にして慎重にあけていきます。じゃあ皆さん、後はよろしく!おっと、仕事に熱中するあまり、うっかりして穴に足をとられないよう、気をつけてくださいね。(O)

 2010年11月2日(火曜日)

鬼の釜

巨大な鬼の釜

 砂川公園から鬼ノ城への道中脇に鬼の釜と呼ばれる鉄釜があります。口径は185.2cmというビッグサイズで、鎌倉時代に作られたと推測されています。鬼の釜と言いますが、鬼が作ったわけでも使ったわけでもありません。実はこの釜、仏教施設としての湯屋で用いたと考えられています。  鬼の釜がある新山は、平安時代中期以降に多くの塔頭が建ち並ぶ仏教の聖地でした。鬼の釜が作られた鎌倉時代にも多くの僧侶が足を運んだことでしょう。仏教施設としての湯屋は、釜の湯に直接つかるための施設ではなく、蒸気で室内を暖めて念仏を唱えながら鉄釜の湯を繰り返し浴びさせた場だったということです。この釜には多くの人びとの思いが込められているのかも知れません。(U)