センタートップ > 鬼ノ城トップ > 調査員便り平成20年12月号 

 このコーナーは、現場の調査員(H20年度はM・O・Iの3人組!)からのホットな情報をお届けします。
 この便りから現場の様子、発掘の状況、作業員さんとのふれあい、季節の移り変わりなどを感じてみてくださいね。

<平成20年12月号>

 2008年12月25日(木曜日)

今年の調査、ぶじ終了

足守駅スタンプ

 今日は調査の最終日。時おり小雨がぱらつく曇り空の下で、資材の撤収作業を行いました。テントも小屋もなくなり、がらんとした現場で作業員さんたちと最後の挨拶をかわします。皆さんお疲れ様でした。
 7か年計画の鬼ノ城調査計画のうち、発掘調査は6年間なので、今年でちょうど半分が終わったことになります。この3年間は、主に城内の中心部付近を調査し、礎石建物の発見をはじめとする多くの成果があがりました。来年7月からは別の区域で発掘調査が始まります。新たな事実が明らかになるか、それとも謎が深まるか。今から楽しみです。(O)

 2008年12月18日(月曜日)

埋め戻し、真っ最中!

足守駅スタンプ

 発掘調査終了まであと1週間、現場では作業員さん総出の埋め戻し作業が進んでいます。今年の目玉だった長大な礎石側柱建物にも、徐々に土がかぶさっていきます。ところが幸いなことに、この建物の礎石は地表面からごく浅いところにあったので、埋め戻し後も礎石の上面だけは何とか見ることができ、建物の形がわかります。久しぶりに姿を見せた建物さんが、さらに多くの方々との出会いを待っていますよ。(O)

 2008年12月17日(月曜日)

土嚢と生き物・第3弾

足守駅スタンプ

 埋め戻しといえば、思わぬ生き物との出会いがつきもの(?)です。というわけで、一昨年のミミズ、去年のカスミサンショウウオに続き、今年も生き物にご登場願いましょう。
 今回の役者はヒキガエルさんです。気味悪がる人もいますけど、なかなかかわいいですよ。土のう袋の間で眠っていたのにいきなり起こされて、ちょっと寝ぼけまなこみたい。県南部では少なくなったヒキガエル、鬼ノ城では末永く繁栄してほしいものです。がんばれヒキガエル!ウシガエルなんかに負けないで!(O)

 2008年12月15日(月曜日)

うわっ、痛そう!

足守駅スタンプ

 左目を矢で射抜かれたかわいそうな鬼さん、つまりわれらが鬼ノ城の主である「温羅」の、恨めしげな声が聞こえてきそうなこの画像。正体は何かというと、実に昭和10(1935)年10月10日、旧中国鉄道吉備線の足守駅で押印された記念スタンプです。ある収集家の方からご提供いただきました。戦前に駅スタンプがあったことも驚きですが、印面には沿線の名所、吉備津神社や備中高松城の碑と並んで、何と「鬼ノ城」の文字が!
 鬼ノ城が古代山城であることが分かったのは昭和40年代以降ですが、それ以前から山中に城跡らしきものがあるのは知られていました。温羅伝説の残る謎めいた山城として、また頂上からは四国までも見渡せる優れた景勝地としても有名だったようで、スタンプにも登場と相成ったのですね。そして、調査や整備が進み、鬼ノ城が空前の脚光を浴びつつある今、温羅も「ついにわしの時代が来たぞー」と喜んでいたりして。(O)

 2008年12月12日(金曜日)

アカマツ林の居候さん

マツグミ

 鬼ノ城名物のアカマツの枝をよく見ると、ところどころに松葉とは違う、幅の広い葉がまとまってついています。でも、確かにアカマツの枝から伸びています。突然変異を起こした枝なんでしょうか?
 いいえ、これは実は寄生植物のヤドリギの仲間。その名を「マツグミ」といいます。本来の「グミ」は、赤くて甘い実がつく木ですが、この植物も同じように赤い実をつけます。岡山県内では「松ミドリ」などと呼ばれ、昔は子供たちがこの実を取って、お菓子代わりに噛んでいたそうです。最近は松枯れの影響でめっきり減りましたが、鬼ノ城ではまだたくさん残っています。今度、口に入れてみようかな?(O)

 2008年12月10日(水曜日)

鬼ノ城の中枢に迫る

大形礎石建物

 今日は、大公開でも見ていただいた側柱建物をご紹介します。東西17.85m、南北6.5m、面積116平方メートル(約35坪)の堂々たる礎石建物です。この建物の北側には、尾根をはさんで昨年度調査したもう1棟の側柱建物があります。2棟の規模はほぼ同じなので、同時期に建てられたとみていいでしょう。
 これらの建物の性格としては、城の管理にあたるお役人さんが仕事をする「管理棟」と想定しています。建物の中ではどんな仕事をしていたんでしょうね。私たちとしては、そんなお役人さんたちが書き残した文字、つまり木簡とか墨書土器が出てくると嬉しいんですが、いまだに巡り会えません。今日もどこかで眠り続けているであろう文字資料、この手に取れるのは一体いつの日か。(O)

 2008年12月8日(月曜日)

大公開のかたわらで・・・

谷底調査の様子

 連日にぎわった調査大公開の期間中、少し目立たない場所でもう1か所の現場が進んでいました。昨年見つかった礎石側柱建物から北門へのルート上にあたる場所です。もしかして鬼ノ城当時の通路とか、谷に流れ込んだ遺物などがあるかも、という期待を胸に、掘り下げること2m以上。しかし残念ながら、出てきたのは数点の瓦や土器片だけでした。
 でもよく見てください。一番谷底に見える黒い層、ここには無数の木の葉や小枝がぎっしりと堆積しています。これを分析すれば、昔の植生とか、土地利用の様子が解明できるかも知れません。土器などの人工遺物だけでなく、こうした自然遺物も、過去を探るための大事な手がかりなので、おろそかにはできません。
 さて、大公開も終わった今、今度は本格的に埋め戻し開始です。朝の準備体操、これまで以上にキッチリやっておかないと!(O)

 2008年12月7日(日曜日)

盛況だった調査大公開

礎石建物見学の様子

 1日から始まった調査大公開も今日で最終日。朝の気温は氷点下でしたが、日中は風もなく暖かで、絶好の遺跡見学びよりです。この陽気に誘われるように、多くの方々が来場され、礎石建物や出土遺物を熱心に見学されました。高床倉庫跡で「この礎石が全部見られるのは今日限り。皆さんラッキーですよ」と説明すると、「埋めてしまうなんて惜しいなあー」との声も。私たちも同じ気持ちですが、こればかりは仕方ありません。皆さんしっかり見ていただけたでしょうか?
 今年の第2回大公開には488名、9月の第1回と合わせるとのべ1156名もの方々が見学に来られました。どうもありがとうございました。発掘調査、そして大公開は来年度も続きます。まだまだ目が離せない鬼ノ城、今後とも引き続き調査成果にご注目を。(O)

 2008年12月3日(水曜日)

たかが土器片、されど土器片

出土した製塩土器

 今年は出土遺物が少なく、大公開での展示も去年までの遺物が中心です。今回は、毎度おなじみの須恵器や円面硯の隣に、初公開の貴重な遺物を並べてみました。といっても、表面がぼろぼろになった、ちょっと見にはちっちゃな土器のかけら。これは一体何かというと、鬼ノ城で初めて発見された製塩(せいえん)土器、つまり海水を煮詰めて塩を作るための土器なんです。もちろん城内で塩作りをしていたのではなく、海岸部で作られた塩を土器ごと持ち込んでいたのでしょう。一昨年見つかった土器溜まりの中で、食器や煮炊き用の土器と一緒に埋もれていました。もしかして、炊き上がったご飯に塩をつけて、おにぎりにして食べていたのかな?そう考えると、ただの土器片からにわかに、人のぬくもりが伝わってきませんか?(O)

 2008年12月1日(月曜日)

西空に微笑む月木金

夜空に浮かぶ月、木星、金星

 第2回調査大公開初日の今日。日没後の西空に「スマイルマーク」が出現しました。仲良く並んだ金星と木星の下に三日月がやってきて、ちょうど微笑む人の顔に見える珍しい現象ということで、世間でも話題になりました。
 せっかくのチャンスだからと、鬼ノ城から撮影に挑戦してみました。下界の夜景に経山(きょうやま)のシルエットが浮かび、その右上に3天体が輝くという魅力的な構図・・・だと思ったのに、いざ撮影してみると、山の形を出そうとすると三日月が明るくなりすぎて、「スマイル」がうまく表現できませんでした。天体写真って難しいですね。でも不出来を承知の上で、写真を1枚アップしてみます。宵闇に包まれる地上に、やさしい微笑みを投げかける三つの星。宇宙からの素敵なプレゼントでした。(O)