このコーナーは、現場の調査員(H19年度はM・O・Iの3人組!)からのホットな情報をお届けします。  
 この便りから現場の様子、発掘の状況、作業員さんとのふれあい、季節の移り変わりなどを感じてみてくださいね。

<平成19年9月号>

 2007年9月27日(木曜日)

去り行く夏の日

セミの羽

 まだまだ蒸し暑い日が続くとはいえ、長引いた残暑もようやく一段落し、鬼ノ城の周辺では秋の花、ヒガンバナやコスモスが咲き始めています。徐々に深まる秋の気配の中で、あれほど賑やかだったセミの声も、今やツクツクボウシとチッチゼミを残すのみとなりました。彼らの声が聞けるのもあと少しの間です。そして遊歩道には、色あせたアブラゼミの羽根が、遠くに去ってしまった夏の忘れ物のように、ひっそりと横たわっていました。(O)

 2007年9月25日(火曜日)

礎石を据える大きな穴!

礎石の掘り方

 今回新たに発見された大形の礎石建物。その礎石がどのように設置されたかを調べるため、一つを「解剖」してみました。その結果、まず地面に大きな穴を掘って、底に小振りな石を詰め、その上に大きな礎石を載せていることが分かりました。礎石をしっかりと安定させ、上面を水平にする工夫がなされています。
 鬼ノ城は石材の豊富な山とはいえ、これほどの巨石を、機械もなしにきちんと高さを揃えて据える苦労はどれほどのものだったでしょうか。古代人の技術と努力には全く頭が下がります。(O)

 2007年9月19日(水曜日)

瓦塔出土!

出土した瓦塔

 大公開に参加していただいた方には、見ていただいたのですが、今回の調査で瓦塔(がとう)と呼ばれる小形の焼き物の塔が出土しました。見つかった瓦塔はいずれも破片で、、礎石建物の上に堆積した土の中や平安時代の基壇(土を盛って、まわりに石を並べた土台)の近くから出土しています。いずれも屋根瓦の表現が施されており、屋根の部分の部品のようです。
 瓦塔は、仏教に関係する施設や寺院跡から出土することが多いようです。鬼ノ城はお城としての役目を終えたあと、平安時代になると仏教施設がつくられたようで、今回見つかった瓦塔は、平安時代の仏教施設に関連するものかも知れません。しかしお城の時代のものであれば、戦勝祈願の為に崇拝された守護神?をおさめていた塔の可能性もあり、色々と想像がふくらみます。いつの時代のものか、まだ結論は出ていませんが、古代へのロマンをかき立てる逸品の出土でした。(I)

 2007年9月13日(水曜日)

500人突破!

説明会場

 ひところの猛暑はようやく落ち着いたものの、まだまだ日中は暑い日が続きます。そんな中でも、鬼ノ城の謎はよほど人を惹きつける魅力があるのか、開始から4日目にして500人突破という予想外の展開に、皆さんの鬼ノ城に対する関心の高さを肌で感じる毎日です。あらかじめ多めに用意したパンフもたちまち品切れ寸前。今日もまた、夕方にはセンターでパンフの増刷と番号振りに追われそうです。でもやっぱり嬉しいなー。 (O)

 2007年9月10日(月曜日)

城内調査大公開始まる!

礎石の説明

 今週から、いよいよ城内調査大公開が始まりました!新聞で大きく報道されたこともあり、平日にもかかわらず初日から100人を越える多くの人に参加していただきました。 今回の公開のメインは面積約90平方メートルもある大きな礎石建物の跡で、参加者のみなさんには実際に発掘調査を行っている最中の現場を見学していただけました。
 現場は皆さんの熱気でムンムンで、説明をしている調査員も思わず力が入ります。時には参加者の方から鋭い質問も飛び、調査員もタジタジでした。大公開の時間は、ほんのひとときではありましたが、1,300年前の古代のロマンに触れていただけたのではないかと思います。残暑厳しく暑い中でしたが、鬼ノ城まで多くの方にお越しいただき、まことにありがとうございました。(I)

 2007年9月3日(月曜日)

一筆入魂

分層作業

 調査区の壁をピンポールでひっかく調査員。壁には2本、3本と線が引かれていきます。これは分層といって、異なる土の境目に線を引いて区別する作業です。長い年月を経て、遺跡には自然に流れ込んだ土、人為的に盛った土などが複雑に堆積しています。それらを分層することで、遺跡のたどった歴史を読み解き、今後の調査の方針を考えていきます。
 しかし土の違いは微妙です。また、線の引き方ひとつで解釈が変わってしまうこともあります。土の色、削った時の感触、含まれる炭や小石などなど、あらゆる特徴を観察しながら、理屈に合うように分層する作業はとても神経を使う仕事。悪戦苦闘の末にどうにか線を引き終えると、疲れがどっと噴き出してきます。(O)