このコーナーは、現場の調査員(H19年度はM・O・Iの3人組!)からのホットな情報をお届けします。  
 この便りから現場の様子、発掘の状況、作業員さんとのふれあい、季節の移り変わりなどを感じてみてくださいね。

<平成19年8月号>

 2007年8月28日(火曜日)

赤い満月

西門と満月

 今夜は、月が地球の陰にすっぽりと隠れる「皆既月食」がありました。あいにくの曇り空でしたが、希望を捨てずに鬼ノ城でカメラを構えていると、願いが通じたか、雲の切れ目から皆既中の暗く赤い月が少しの間だけ、顔を見せてくれました。西門のシルエットを入れて撮った写真、果たして雰囲気は出ているかな・・・?
 ところで、日本で見えた月食としては『日本書紀』に記された680年12月12日のものが最古の記録です。680年というとまさに鬼ノ城が機能していた時代です。ものの本によれば、この時は月の視直径の約85%が欠ける深い部分月食でした。光り輝く満月が、わずか数時間のうちに三日月よりもやせ細ってしまう様子、城に駐留した人々にはさぞかし不気味な光景だったことでしょう。(O)

 2007年8月27日(月曜日)

礎石に残る柱の跡

礎石

 写真に写っているのは、今回の調査で新たに見つかった礎石の一つです。よーく見ると、石の真ん中あたりが丸く白くなっているのに気づきませんか?それでは、なぜこのようことになっているのでしょうか?
 実はこれ、礎石の上に立っていた建物の柱の跡と考えています。ちょうど礎石と柱が接していた範囲が白く残っていたようです。サイズを測ると直径が約50cmもありました。かなり大きくて立派な柱がこの上に立っていたようです。
 それにしても1,300年もの時を経て、柱の跡がよく残っていたなと感心してしまいます。(I)

 2007年8月24日(金曜日)

テイク5

調査中の様子

 今日は、県の広報TV番組で鬼ノ城の特集の収録です。たった4分未満の番組ですが、朝の9時30分から現地での打合せ、簡単なリハーサル、本番と昼まで撮影が続きました。TV局のスタッフはさらに昼以降も撮影が続いているようでした。炎天下の中、ほんとにご苦労さまでした。
 それにしても、女性アナウンサーのテンションの高さにはただただ感嘆するばかりでした。それと、スタッフの皆さん、NGの連発でテイク5までつきあってもらってごめんなさい。  それでは、皆さん「鬼ノ城で古代ロマンに触れてみませんか。 ♪♪ハレーダー!!」(M)

 2007年8月20日(月曜日)

派手なばかりが能じゃない

ウバタマムシ

 タマムシといえば、法隆寺の玉虫厨子の飾りにも使われたことで知られる、日本でも有数の美しい甲虫です。メタリックグリーンの地に濃い赤紫のストライプが入った華麗な姿は、古代から人々を魅了してやまなかったようです。
 そんなタマムシの輝きの前に、今一つ影が薄いのがこのウバタマムシ。鬼ノ城では木々の間を飛び回っているのを時々見かけます。焦げ茶色の体色に皺の寄った前ばねから、「ウバ」(お婆さん)の名前が付いたのでしょう。確かに派手さではタマムシに遠く及びませんが、よくよくみれば古備前にも通じる、落ち着いた光沢は捨てがたい魅力があります。タマムシが派手さで勝負なら、ウバタマムシは渋さで勝負、といったところでしょうか。(O)

 2007年8月18日(土曜日)

夏休み少年少女鬼ノ城教室開催

地層を調べる参加者

 今年度最初のイベント「夏休み少年少女鬼ノ城教室」を開催しました。鬼ノ城の見学をしたあとは、いよいよ教室の目玉である発掘体験です。実際に土の壁をけずり、礎石の実測をして、写真を撮るなどハードで実戦的なメニューでしたが、子供たちもがんばって挑戦してくれました。
 将来は参加者の中から考古学者が誕生しないかなと期待してしまいます。でも当日は、ほんとに暑い日でした。参加していただいた皆さんどうもお疲れ様でした!(I)

 2007年8月13日(月曜日)

星の降る夜

満天の星空

 今年のペルセウス座流星群が極大を迎えた今日未明。空の暗い場所を求め、鬼ノ城の駐車場へと向かいました。前評判も上々のうえ、今夜は新月で天気も晴れ。流星観望には最高のコンディションです。鬼ノ城に駐留した人々も、きっとこの星空をバックに流れる星くずを眺め、さまざまな思いを巡らせていたことでしょう。
 1時過ぎから観望を始め、10数個の流星を数えましたが、30分ほど経つと空全体を雲が覆ってしまいました。しかも、コンパクトデジカメで撮った写真には流星は1個も写ってくれませんでした。まあ空が相手じゃ仕方ないか。来年を待つことにしましょう。
 せっかくなので星空の写真だけでもアップします。ほぼ中央にペルセウス座、その下にぎょしゃ座、右下におうし座のプレアデス星団(すばる)。ペルセウス座の左上のほうには二重星団・・・これはちょっと見えないかな。(O)

 2007年8月10日(金曜日)

焼けた穴の謎

礎石と焼土壙

 礎石のすぐ隣に、少し土の色が違う部分があり、精査してみると直径1m弱の穴が現れました。穴の壁は高熱を受けて赤く変色し、内部にはぎっしりと木炭が詰まっています。どうやら、ここで火を焚く行為が行われたのは間違いないようです。
 しかし、何のために?柱が立っている時にそんなことをしたら、たちまち建物が火事になってしまいます。では、使わなくなった建物を解体するのが面倒なので、火を付けて焼き払ったとか?それなら、周辺から木炭がたくさん出土してもいいはずですがそんな様子もなし。あるいは建物がなくなったずっと後に、偶然ここで焚き火をしただけ?
 発掘調査は謎解きの連続ですが、それと同時に新たな謎が次々と出現し、調査員の悩みは尽きることがありません。さて、この穴を巡ってしばらく悩むとしますか。(O)

 2007年8月9日(木曜日)

石をきれいに!

礎石精査の様子

 見つかったばかりの礎石は、当然ながら土まみれ。そこで、表面にこびりついた土を竹ベラで削り落とし、スポンジを使って丁寧に水洗いしていきます。これは単に見栄えを良くするためだけではなくて、礎石の表面に残る微妙な痕跡、たとえば柱を立てる位置を示す加工の跡などを確認する目的もあります。それが見つかれば、柱の太さや間隔もわかり、建物の構造がより正確に把握できるわけです。細かい特徴も見逃さないよう、発掘調査は常に慎重さと繊細さが求められます。(O)

 2007年8月6日(月曜日)

マムシよりも怖いモノ

ニホンウルシ

 鬼ノ城の遊歩道には「まむし注意」の看板があちこちに立っています。これを見ると思わず身構えてしまいますが、でくわす機会はそう多くありません。実際に被害にあう確率からいえば、もっと怖ーいものが鬼ノ城にはあります。
 それはウルシの木。鳥の羽根のような葉を放射状につけた独特の姿が、林の中でよく目立ちます。伐採作業の時、何回もおっかなびっくりでこの木を切りましたが、幸いにもかぶれることはありませんでした。でも、うっかりして汁が手や顔につけば悲惨な目に遭います。皆さんも、決してこの葉をちぎったりもんだりしないでくださいね! (O)

 2007年8月5日(日曜日)

主役は温羅(うら)じゃ!

並べられた調査機材

 今日は、「おかやま桃太郎まつり」のメインイベント、「うらじゃ踊り」を見に行ってきました。「うら」とは、このHPのキャラクター「うら坊」のモデルになった、伝説上の鬼ノ城の主です。
 岡山駅前に設けられた演舞場では、鮮やかな衣装をまとい、顔に奇抜なペイントをした踊り連の皆さんが、工夫を凝らした踊りを次々に披露し、観衆を沸かせてました。伝説の中では悪役の温羅も、この日ばかりは大人気です。
 「桃太郎まつり」とはいいながら、主役は完全に温羅に取って代わられたような感じですね。向こうにいる桃太郎さん、心なしかちょっと所在なさげ。(O)


 2007年8月2日(木曜日)

礎石(再)発見

ササユリ

 今から8年前の平成11年度の確認調査で発見され、調査後に埋め戻された礎石を今回の調査で再び掘り出しました。今年の調査の目的の一つは、この礎石と組み合う新たな礎石の発見やこの礎石を使った建物の規模を解明することです。まさか、8年前のあの時にもう一度掘り出されるとはこの礎石も思っても見なかったでしょう。早く仲間の礎石を見つけてやろおっと。(M)


 2007年8月1日(水曜日)

ピンポールで礎石探し

うら坊3兄弟ともどもよろしく

 礎石建物の周辺で、なにやら細長い棒を地面に突き刺している人がいますが、何をしているのでしょう?
 実は、土の中に隠れている礎石を探しているところなのです。もちろん、発掘で土を掘れば、礎石が出てくるのですが、掘り始める前にどこに礎石があるのかあたりをつけておこうという算段です。何やら棒の先でコンコンと硬い感触が・・・どうやらこの下には石がありそうです。
 次は、実際に掘り下げてみて礎石があるかを確かめます。結果は後日のお楽しみに。(I)