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城の出入り



1 大手と搦め手

 大手〈おおて〉は、街道に通じる谷筋や街道に面した緩斜面のような城の正面にあたり、何段にも構えた曲輪〈くるわ〉や竪堀〈たてぼり〉などで厳重に守られています(図1)。これに対し搦め手〈からめて〉は、堀切を設けて切り離した尾根筋や河川に面した急斜面といった防御の薄い城の背後にあたります。これらは地名として残る例も多く知られていますが(津山市津山城跡〈つやまじょうあと〉など)、立地によってはその区別が判然としないものもあります。

和気町青山城跡縄張り図
図1 和気町青山城跡〈あおやまじょうあと〉縄張り図
(岡山県教育委員会『岡山県埋蔵文化財報告41』2011を改変)


2 犬走り

 斜面に設けられた幅の狭い段を犬走りと言い、主に通路として用いられました(写真1)。急な斜面を上る通路では、階段を設けたものもあります(福岡県御飯ノ山城跡〈おいのやまじょう〉など)。また、堀切〈ほりきり〉の中には底を平坦にして通路に利用した例も見受けられます(鏡野町河内城跡〈こうちじょうあと〉など)。城の各施設をつなぐ通路の復元は、縄張り〈なわばり〉を読み解く上で重要な手掛かりとなります。

急斜面に設けられた犬走り(鏡野町河内城跡)
写真1 急斜面に設けられた犬走り
(鏡野町河内城跡)    

3 橋

 堀を渡る通路で、木橋と土橋〈どばし〉があります。山城では木橋の痕跡が確認された例はなく、木材を渡しただけの簡易な構造であったのかもしれません。土橋は土で築かれた渡り土手ですが、山城では地山の一部を掘り残して設ける例が多いようです(写真2:岡山市土師方城跡〈はじかたじょうあと〉、備前市三石城跡〈みついしじょうあと〉など)。高梁市備中松山城跡〈びっちゅうまつやまじょうあと〉では、木橋に改めた後も土橋と呼ばれていました。

堀切を渡る土橋(岡山市北区土師方城跡)
写真2 堀切を渡る土橋
(岡山市土師方城跡)

4 出入口(虎口)

(1)出入口の発達
 城の出入口を虎口〈こぐち〉と言います。幅を狭くした出入口という意味で「小口」と呼ばれていましたが、後に危険な出入口を表す「虎口」が用いられるようになりました。こうした出入口は、敵の侵入を防ぐために様々な工夫が凝らされています。
 14〜15世紀の山城は切岸〈きりぎし〉や堀切で囲まれ、出入りのための施設は見られません。ところが、戦乱が激しくなった16世紀には恒常的な出入口が設けられ、その中頃には進路を屈折させるなどして防御を固めるものも現れます。さらに16世紀も後半になると、枡形〈ますがた〉や馬出し〈うまだし〉と呼ばれる区画を設けて防御力を高めた出入口が考案され、近世城郭へと引き継がれていきます。


(2)出入口の構造
 城の出入口は、そのつくりによって平入り〈ひらいり〉、くい違い、枡形、馬出しなどに分けられます。
 平入りは、塁線(城壁)の一部を開けただけの簡単な構造で、出入口に取り付く通路の向きを変えたり、その傾斜をきつくするなどの工夫で防御を固めています(図2・写真3:美咲町新城城跡〈しんじょうじょうあと〉、美作市鳥越山城跡〈とりごえやまじょうあと〉など)。

平入りの模式図
図2 平入りの模式図
   
平入りの出入口(美咲町新城城跡)
写真3 平入りの出入口
(美咲町新城城跡)

 くい違いは、塁線を前後にずらして出入口を設けたもので、進路を屈折させることで侵入の勢いを削ぐとともに、多方向からの攻撃を可能にしています(図3・写真4:岡山市徳倉城跡〈とくらじょうあと〉、備前市医王山城跡〈いおうやまじょうあと〉など)。

くい違いの模式図
図3 くい違いの模式図

石垣を伴うくい違いの出入口(岡山市徳倉城跡)
写真4 石垣を伴うくい違いの出入口
(岡山市徳倉城跡)

 枡形は、土塁や塀〈へい〉で四角く囲んだ空間を設けて出入口を二重にしたもので、侵入する敵を制限するとともに、多方向からの攻撃を可能にしています(図4)。織豊系城郭〈しょくほうけいじょうかく〉を特徴づける構造の一つで、備前市三石城跡や岡山市金川城跡、岡山城(写真5)などに見ることができます。

枡形の模式図
図4 枡形の模式図
枡形の出入口(岡山市岡山城跡)
写真5 枡形の出入口(岡山市岡山城跡)

 馬出しは、曲輪の外側に出入りするための空間(馬出し曲輪)を設けたもので、曲輪とは堀によって隔てられています。主に東日本で採用されました。


5 木戸(城戸)

 木戸〈きど〉は柵〈さく〉や塀の一部を開けた門で、簡易な構造であるためか明確な遺構はあまり知られていません。しかし、応仁の乱を描いた真如堂縁起絵巻〈しんにょどうえんぎえまき〉では矢倉〈やぐら〉をあげた門も描かれています。


 ※織豊系城郭…織田信長、豊臣秀吉とその家臣らによって築かれた城郭群。



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