その2 (平成30年9月20日更新)

 西日本豪雨の影響により、発掘調査を一時中断していましたが、7月中旬から調査を再開しました。  
 現在は、南山城の中枢部分にあたる曲輪〈くるわ〉と、敵の侵入を防ぐために造った人工の崖である切岸〈きりぎし〉を調査しています。  
 曲輪は兵士が駐屯するために広い平坦地になっていますが、一部については、厚さ3メートル余りの盛り土をして築いていることが分かりました。引き続き調査では、曲輪の中に建物跡などがないか、確かめているところです。  
 南山城は文献などに記録が残っておらず、いつ誰が築いたのか謎の城ですが、曲輪の調査が進めば、その解明に一歩近づくと思われます。

曲輪の調査の様子 曲輪東側の切岸
曲輪の調査の様子(北東から) 曲輪東側の切岸(南東から)

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 その1 (平成30年5月24日更新)

 南山城跡の発掘調査も2年目を迎え、4月から城跡を本格的に調査しています。この城跡は丘陵頂部に造成された平坦地(曲輪〈くるわ〉)とその南側に一段低い小さな曲輪を構えたうえ、曲輪には土を高く盛り上げた土塁〈どるい〉、出入り口となる虎口〈こぐち〉、正面と側面から侵入者を攻撃するため屈曲させた横矢〈よこや〉を設けています。さらに曲輪周辺に急勾配の切岸〈きりぎし〉、尾根西側に三重の堀切〈ほりきり〉、北斜面と東斜面に複数の竪堀〈たてぼり〉、南斜面に竪堀を横に連続させた畝状竪堀群〈うねじょうたてぼりぐん〉などの防御施設を備え、堅固な造りとなっています。これらの遺構の多くは地表面で確認することができ、発掘調査を進めるうえで、大きな手がかりとなっています。
 発掘調査は城跡の北西側と南側から進めています。このうち、城跡の北西側では迫力のある急勾配の切岸、北側で一つにつながる三重の堀切、堀切と竪堀を複雑につなぐ横矢などを調査しており、各遺構の規模とともに城の巧みな構造が明らかになりつつあります。

北西側の切岸、堀切(西から) 北西側の堀切、竪堀、横矢(南東から)
北西側の切岸、堀切(西から) 北西側の堀切、竪堀、横矢(南東から)
南山城跡遠景(南から)
南山城跡遠景(南から)

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