センタートップ > こどもホームページトップ > 遺跡紹介コーナー 〈墓〉 

年表

年表

しらべてみよう!


中山茶臼山(なかやまちゃうすやま)古墳 岡山市北区西花尻

 中山茶臼山古墳は、長さ105m、高さ11mの前方後円墳で、4世紀前半<約1,650年前>につくられたと考えられます。吉備津神社(きびつじんじゃ)の裏山である、吉備の中山(きびのなかやま)の上にあります。 吉備津神社がお祭りする吉備津彦命(きびつひこのみこと)お墓だと言われています。今は中に入れませんが、まわりから古墳のようすを見ることができます。

拝所からみた中山茶臼山古墳
 拝所から見た古墳
いってみよう
・JR山陽本線庭瀬駅から、北へ徒歩約40分。
・JR吉備線吉備津駅下車25分。
・岡山自動車道岡山総社ICから車で20分。
・山陽自動車道岡山ICから車で30分。
関連リンク
・古代吉備を探る「茶臼山三題」

▲遺跡の表へもどる  

楯築(たてつき)遺跡 倉敷市庄新町・日畑

 楯築遺跡は、弥生時代後期<約1,800年前>の大きなお墓です。遺体をうめた円い小山の南と北に、四角い出っ張りを付けた形をしています。残念ながら、片方の出っ張りはなくなっていますが、もとの大きさは80mぐらいあったようです。これは、弥生時代のお墓の中で日本一の大きさです。  
 楯築遺跡は、吉備(きび)<むかしの岡山の名前>全体を代表する豪族(ごうぞく)があらわれたことをしめしているのかもしれません。

楯築遺跡出土の特殊器台 現在の楯築遺跡の様子
 遺跡の上に立つ大きな石は吉備津彦命が温羅(うら)という鬼(おに)と戦ったときに、身をかくした盾(たて)と伝わっています。
出土した弧帯石
 楯築遺跡から出土したお祭り用の
特殊器台(とくしゅきだい)。(岡山大学所蔵)
 楯築遺跡から出土した文様の刻まれた石。弧帯石(こたいせき)と言います。ほぼ同じものが近くで祭られています。(岡山大学所蔵)

▲遺跡の表へもどる

神宮寺山(じんぐうじやま)古墳 岡山市北区北方

 神宮寺山古墳は、4世紀後半から5世紀初めごろ<約1,600年前>につくられた前方後円墳で、長さ150m、高さ13mの大きさです。(岡山市内の)平地につくられた最初の大古墳です。
 古墳の上に建つ神社の下に竪穴式石室(たてあなしきせきしつ)があります。そのとなりにある副葬品(ふくそうひん)をおさめるための小さな石室からは、鉄で作られた武器や農具などがたくさん見つかりました。

空から見た神宮寺山古墳
 空から見た神宮寺山古墳。右側が後円部、左側が前方部です。現在は住宅や小学校に囲まれており、草木のしげった小さな山のようにも見えます(岡山市教育委員会提供)
神宮寺山古墳への石段 小石室のふた
 古墳の上には神社があります。  神社の北側に石でふたをした小石室があります。
いってみよう
・JR法界院駅下車、東へ徒歩約10分
・岡電バス「御野校前」下車、徒歩5分
関連リンク
古代吉備を探る「巨大古墳の築造」

▲遺跡の表へもどる

造山(つくりやま)古墳 岡山市北区新庄下

   造山古墳は5世紀の前半<約1,600年前>につくられた前方後円墳です。この時代には各地の豪族(ごうぞく)が競って大きな古墳をつくりました。造山古墳はおよそ350mの長さで、岡山県では最大、全国でも第4位の大きさです。このことから、大王(おおきみ)と同じくらい力をもった豪族が、岡山にもいたことがわかります。  
 造山古墳の上やその周りには埴輪(はにわ)が立てられていたようです。

造山古墳
 空から見た造山古墳。左側が前方部で右側が後円部です。前方部上には今でも石棺(せっかん)が残っていて、見学することができます。まわりにある6基の古墳は造山古墳に関係するものとされています。
いってみよう
・JR吉備線備中高松駅より車で5分。
・この古墳の近くには、次に紹介する作山古墳、こうもり塚古墳をはじめとする「吉備路風土記の丘県立自然公園(きびじふどきのおかけんりつしぜんこうえん)」があります。
関連リンク
・古代吉備を探る「巨大古墳の築造」

・古代吉備を探る2「「吉備の反乱」伝承を考える」

▲遺跡の一覧へ戻る


長福寺裏山(ちょうふくじうらやま)古墳群 笠岡市走出・山口

 長福寺裏山古墳群は、笠岡市の北にある古墳のまとまりです。5世紀後半から6世紀はじめごろ<約1,500年前>につくられました。今は「かさおか古代の丘スポーツ公園」になっていて、自由に見学できます。  
 なかでも長さ60mの双つ塚(ふたつづか)古墳は、岡山県の南西部では有数の大きさの前方後円墳です。他にも東塚古墳は長さ50mの前方後円墳で、石室から斧(おの)や刀などが出土しています。これらは笠岡市立郷土館に展示されています。

双つ塚古墳の全景
双つ塚古墳の全景−全長約60mの前方後円墳です。
  
仙人塚古墳の全景 仙人塚古墳の石室 東塚古墳の全景
仙人塚古墳
全長約43mの円墳です。
仙人塚古墳の石室
東塚古墳
全長約50mの
前方後円墳です。
いってみよう
・JR笠岡駅から井笠バス矢掛方面行き「楠バス停」下車、北へ徒歩約15分。
・山陽自動車道笠岡ICから車で約10分。古代の丘スポーツ公園に駐車場あり。
関連リンク
・古代吉備を探る「巨大古墳の築造」
・古代吉備を探る2「「吉備の反乱」伝承を考える」

▲遺跡の表へもどる


作山古墳(つくりやまこふん) 総社市三須

 作山古墳は5世紀の中ごろ<約1,550年前>につくられた前方後円墳で、その大きさは282mもあります。岡山県では造山古墳に次ぐ第2位、全国でも第10位の大きさです。造山古墳より少し新しい形をしていて、造山古墳にほうむられた豪族に続いて、吉備(岡山の昔の名前)を治めた豪族の墓でしょう。  
 くわしい調査は行われていませんが、円筒埴輪(えんとうはにわ)がならんでいたことがわかっています。

作山古墳
 空から見た作山古墳。この古墳は残りがよく、段築(だんちく)や造り出し(つくりだし)など古墳の形がよくわかります。
いってみよう
・JR総社駅から総社バスで「サンロード吉備路バス停」下車、徒歩10分。 関連リンク
・古代吉備を探る「巨大古墳の築造」
・古代吉備を探る2「「吉備の反乱」伝承を考える」

▲遺跡の表へもどる

両宮山(りょうぐうざん)古墳 赤磐市穂崎

 両宮山古墳は5世紀後半<約1,550年前>につくられた大きな「前方後円墳」です。長さはおよそ206mもあり、岡山県内では造山古墳や作山古墳についで、第3位の大きさです。
 この古墳のまわりには、今でも水のたまった濠(ほり)が一部残っていますが、発掘調査でこの濠の外にもう一つ濠があることがわかりました。この古墳は二重の濠に囲まれていたようです。
 近畿地方の大王のお墓とされる古墳にも濠が見られます。この両宮山古墳をつくった豪族は、大王と近い関係にあったのかもしれません。

空から見た両宮山古墳 発掘調査で見つかった濠
 空から見た両宮山古墳。古墳の周りにあるのが濠です。(赤磐市教育委員会提供)  発掘調査で新たに見つかった濠の様子。黒い土で埋まっています。(赤磐市教育委員会提供)
いってみよう
・JR岡山駅東口から宇野バス「岩田」バス停下車、北へ徒歩約5分。山陽自動車道山陽ICから車で約15分。
関連リンク
・古代吉備を探る「巨大古墳の築造」
・古代吉備を探る2「「吉備の反乱」伝承を考える」

▲遺跡の表へもどる  

こうもり塚(こうもりづか)古墳 総社市上林

 こうもり塚古墳は、「吉備路風土記の丘県立自然公園」内にある全長100mの前方後円墳で、6世紀<古墳時代後期、約1500年前>では吉備地方最大の古墳です。この古墳には、横穴式石室(よこあなしきせきしつ)と呼ばれる石組みの部屋があり、南側の入口部分から内部の様子が観察できます。横穴式石室は、通路部分と奥の遺体(いたい)を埋葬(まいそう)する部屋からなり、全体の長さは19.4mです。その大きさは吉備地方の横穴式石室では最も大きく、使われた一番大きな石は重さ10数トンにもなると思われます。石室の中には今も石棺(せっかん)が置かれています。ほかに陶棺や、鉄の釘が出土して いることから木棺(もっかん)も納められたようです。 石室の中からは、大刀(たち)、馬具(ばぐ)、鉄(てつぞく)、ガラス玉、須恵器(すえき)等の品々が見つかっています。そのうちの大刀は装飾付大刀(そうしょくつきたち)とよばれ、身分の高い人<武人か?>が持っていたようです。

こうもり塚古墳全景 石室と石棺 刀の飾り
 北から見た古墳の全景。写真中央の小高い部分が古墳です。横穴式石室は向かって右側にあります。  石室と石棺。石棺は浪形石(なみがたいし)という石でつくられています。井原市の周辺で今でも見つけることができます。  大刀の装飾部分。柄頭(つかがしら)にあたります。鳳凰(ほうおう)をかたどったものです。
いってみよう
・JR総社駅から総社バスで「国分寺(こくぶんじ)バス停」下車、徒歩5分。あるいは県営国分寺北駐車場から徒歩5分。
・付近には、国分寺跡や国分尼寺跡、吉備において最後につくられた前方後円墳と考えられる江崎(えざき)古墳などたくさんの遺跡があります。
関連リンク
・古代吉備を探る「1400年前の墓地事情」

・子どもホームページ「陶棺」
・子どもホームページ「装飾付大刀」

▲遺跡の表へもどる

四ツ塚(よつづか)古墳群 真庭市上長田・同四ツ塚

   蒜山高原(ひるぜんこうげん)の東寄りに位置する、19基からなる古墳群で、16基が現存します。中でも4基が特別大きかったことから、“四ツ塚”と呼ばれるようになりました。このうち1号墳と13号墳の2基について、発掘調査が行われています。調査の結果、2基とも6世紀の中頃〈約1,450年前〉につくられたことがわかりました。
   1号墳は直径27mの円い古墳で、横から出入りできる横穴式石室がつくられています。石室からは土器や武器などの鉄製品、アクセサリーが出土しています。 四ツ塚13号墳は、直径19mの円い古墳です。古墳の頂上で、木棺(もっかん)を埋葬(まいそう)した痕跡(こんせき)が2か所見つかりました。ここで土器や青銅製の鏡、武器などの鉄製品が見つかっています。また、古墳の周囲には埴輪が並べられていました。埴輪には馬や鶏、家などがあります。

四つ塚古墳群全景
四ツ塚古墳群の風景(真庭市教育委員会提供)
1号墳横穴式石室の入り口 1号墳の横穴式石室
四ツ塚1号墳横穴式石室の入り口
(真庭市教育委員会提供)
四ツ塚1号墳の横穴式石室
(真庭市教育委員会提供)
馬形埴輪 出土した鏡
四ツ塚13号墳出土の馬形埴輪
(真庭市教育委員会提供)
四ツ塚13号墳出土の鏡
(真庭市教育委員会提供)
いってみよう
・米子自動車道蒜山I.Cから車で約20分。
・現在、四ツ塚古墳群は「四ツ塚史跡公園」として整備されています。古墳の間には遊歩道が整備され、自由に散策できます。古墳の近くには「蒜山郷土博物館」があり、13号墳から出土した遺物などが展示されています。
関連リンク
・古代吉備を探る「1400年前の墓地事情」

▲遺跡の表へもどる

大谷・定(おおや・さだ)古墳群 真庭市中津井

 大谷・定古墳群は、飛鳥(あすか)時代<7世紀>に相次いでつくられた6つの古墳です。飛鳥時代は、古墳がつくられた時代でも終わりに近く、古墳の大きさも小さくなり、数も減っていきます。そのような中で、古墳のまわりに石をきれいにならべた四角い方墳(ほうふん)がつくられるようになります。
 大谷・定古墳群では、このようなひときわ目をひく方墳が6基も集中してつくられています。 どの古墳にも横穴式石室(よこあなしきせきしつ)があります。中でも定北(さだきた)古墳と大谷1号墳の石室は、石を丁寧(ていねい)に加工し、きれいに積み上げています。「切石積み(きりいしづみ)」と呼ばれる石室ですが、県内でも3つしかない珍しいものです。
 また、豪華(ごうか)な副葬(ふくそう)品も見つかっていて、大谷1号墳からは全体を金でかざった装飾付大刀(そうしょくつきたち)が出土しています。

復元された大谷1号墳
 復元された大谷1号墳。階段状に石を並べた方墳で、一辺15mほどの小さなピラミッドのようです。(真庭市教育委員会提供)
大谷1号墳の石室 現在の定古墳の様子
 大谷1号墳の石室内。表面をきれいに平らに加工した切石積み石室です。床にも平らな石を敷いています。  定東塚・西塚(さだひがしづか・にしづか)古墳。竹やぶの中に、2つの石室の入り口が見えます。
いってみよう
・JR備中高梁駅からバス約30分、「中津井」下車、徒歩10分。中国自動車道北房I.Cから車で約10分。
関連リンク
・古代吉備を探る「終末期古墳を考える」
・子どもホームページ「装飾付大刀」

▲遺跡の表へもどる