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年表

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彦崎(ひこさき)貝塚 岡山市南区灘崎町彦崎

 彦崎貝塚ではこれまでに何度か発掘調査がおこなわれ、縄文時代前期<約6,000年前>には約100mの範囲に及ぶ、西日本最大の貝塚がつくられ、縄文時代晩期<約3,000年前>まで続いていることがわかりました。 この彦崎貝塚では貝がらや動物の骨などといっしょに、縄文土器や石器のなど多くのものが残っていました。他にも貝や骨でつくった腕輪(うでわ)やペンダントなどの装飾品(そうしょくひん)も見つかっています。また、たくさんのお墓とともに人骨が多く見つかっています。

上から見た彦崎貝塚
 現在の彦崎貝塚を上から見たところ。彦崎貝塚は写真中央あたりにあります。(岡山市教育委員会提供)
縄文時代の墓 イノシシの牙でできたペンダント
 縄文時代中期<約5000年前>の丸く掘られたお墓。葬(ほうむ)られていたのは女性でした。(岡山市教育委会提供) イノシシの牙でつくられたペンダント
(岡山市教育委員会提供)
いってみよう
・JR宇野線彦崎駅から徒歩5分
関連リンク
・古代吉備を探る「環境の変化と縄文人」

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津雲(つくも)貝塚 笠岡市西大島

 津雲貝塚は、笠岡市西大島の山すそにある縄文(じょうもん)時代終わりごろ<約3,500年前>の貝塚です。貝塚とは、当時の人々が食べた貝の貝がらや動物の骨、こわれた土器や石器などを捨てた場所のことをいいます。
 この貝塚からは貝がらや縄文土器以外にも、全部で170体近い大量の人骨が見つかっています。このうち大人の骨では、前歯が何本かぬけていることがわかりました。当時は成人式など、人生の節目に当たる年齢で歯をぬく風習があったと考えられています。麻酔(ますい)もなしに歯をぬくなんてとてもこわい風習ですが、その痛みをがまんすることで大人の仲間入りを果たす、大切な風習だったのでしょう。

津雲貝塚の様子 見つかった人骨
 現在、津雲貝塚には案内の看板が立っています  右手に7個、左手に8個のブレスレットをつけた女性の人骨。(笠岡市教育委員会提供)
いってみよう
・JR笠岡駅から井笠バス「大島小学校前」バス停で下車、徒歩5分。
関連リンク
・古代吉備を探る「環境の変化と縄文人」

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門田(かどた)貝塚 瀬戸内市邑久町尾張

 国の史跡である門田貝塚は弥生時代前期<約2,300年前>の貝塚です。これまでに何度か発掘調査が行われています。
 この貝塚では、弥生時代の人たちが貝を食べた後に捨てた、ハイガイ・カキ・シジミなどの貝がらがたくさん見つかりました。ほかにもイノシシ・シカなどの骨のほか、多くの弥生土器や石包丁・鏃(やじり)・斧(おの)などの石器も見つかりました。
 また、この貝塚の周りでは弥生時代後期<約1,900年前>の製塩土器、奈良時代の建物(たてもの)、鎌倉時代の井戸など、それぞれの時代の生活の跡が見つかっています。

門田貝塚の様子 復元された貝塚
 現在の門田貝塚の様子。貝塚のほか、竪穴住居(たてあなじゅうきょ)も復元されています。  復元された貝塚のアップ。白く見えるのが貝がらです。
いってみよう
・JR赤穂線邑久駅から南東へ約300m、徒歩約5分。岡山ブルーライン邑久ICから車で約10分。
・現在、門田貝塚は「門田貝塚史跡公園」として整備されています。公園では貝塚や竪穴住居2棟が復元されています。
・史跡公園の南約200mには「邑久郷土資料館」があり、2階の門田貝塚資料室では貝塚の一部や出土品が展示されています。
関連リンク
・子どもホームページ「製塩土器(せいえんどき)」

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