| 池田継政(つぐまさ)(1714〜52) |
| 綱政の子。兄政順が死んだため、跡継ぎとなりました。歌を好み絵や字がうまく、特に絵は多くの作品が知られています。 |
| 池田宗政(むねまさ)(1752〜64) |
| 継政の子。頭も顔つきも優れていて、りっぱなお殿様と有名でしたが、若くして亡くなりました。 |
| 池田治政(はるまさ)(1764〜94) |
| 父宗政の急死で、お殿様となりました。意志がつよく信念をもって行動するお殿様でした。字を書くのが上手で、特に太字が得意でした。 |
| 池田斉政(なりまさ)(1794〜1829) |
| 治政の子。幕府にならって岡山藩の政治改革を行いました。 |
| 池田斉敏(なりとし)(1829〜42) |
| 薩摩藩主島津家の子で、斉政の養子となって岡山城のお殿様になりました。期待されていましたが、32歳の若さで亡くなりました。 |
| 池田慶政(よしまさ)(1842〜63) |
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九州の中津藩主奥平家の子で、斉敏の養子となって、岡山城のお殿様になりました。江戸時代の終わりごろ外国船がやってくる時代で、岡山藩の軍隊の整備をおこないました。
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| 池田茂政(もちまさ)(1863〜68) |
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水戸藩主徳川家の子で、慶政の養子となって岡山城のお殿様になりました。江戸幕府が倒れる時のお殿様で、江戸幕府最後の将軍徳川慶喜の弟にあたるため、自分から引退しました。
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| 池田章政(あきまさ)(1868〜71) |
| 九州の人吉藩主相良氏の子で、岡山藩の親戚の鴨方藩主でしたが、本家を継いで岡山城のお殿様となりました。明治時代になり、岡山藩がなくなると東京へ移住しました。
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