@ 武家屋敷・旧埴原家
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H長瀬塾跡

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概 要

 安政6年(1859)、藩士の土着政策を実施した際、自らも西方村長瀬(現高梁市中井町)を切り開き居宅を構えた。この地では、明治元年(1868)から家塾・長瀬塾を開き、多くの子弟を教育した。
JR伯備線方谷駅は長瀬塾跡に建っており、駅の裏には「山田方谷先生住宅址の碑」が建てられている。
明治になってからの方谷は、様々な方面からの政府要職への誘いを断り、教育者として子弟教育にあたった。34歳で開いた家塾・牛麓舎に始まり、長瀬塾や終焉の地となった小阪部塾などで多くの有能な人材を世に送り出し、その門下生は千人を超えると言われている。
方谷は塾生たちに対し、単に学問だけでなく、日常生活を規律正しく過ごすことを課し、自ら範を示しながら『誠』をもって人間教育を実践した。

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