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概 要 明治43年(1910)5月、山田方谷の功績・遺徳を末永く顕彰するために造られた、方谷誕生の地、中井町西方にある公園である。園内には方谷の墓や山田家歴代の墓などがある。方谷の墓の文字は板倉勝静(かつきよ)によるものであり、また、園入口にある「方谷園」の園名碑は犬養毅元首相による揮毫である。
三島中洲(ちゅうしゅう)撰文の方谷園記念碑などもある。 |
| 山田方谷は、文化2年(1805)、備中国松山藩領阿賀郡西方村(岡山県高梁市中井町西方)の山田家長男として誕生した。父・五郎吉は農業をするかたわら、油の製造業も営んでいたが、そもそもは武士の家柄だったと言われている。方谷は生まれつき大変聡明で、数え年3-4歳の頃にはすでに難しい文章を読みこなすばかりか、見事な書の腕前を発揮していたと伝えられる。 |
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